今年4月にみずほ銀行常務を退任し、6月に富士ソフトの社長に転身した。組み込みソフトと金融業のシステムを中心とした受託開発だけに依存するのではなく、自社で開発した提案型商品の売り上げ拡大を目指す。そのために白石氏は「営業力と提案力の強化を進める」と断言する。
みずほ銀行常務からの転身です。
以前から個人的な知り合いでもあった、野澤宏 代表取締役会長に誘っていただきました。それに銀行時代の最後の3年間に情報システムを担当していたので、ITの会社で働くことに抵抗がなかったのですよ。
背水の陣のシステム統合にも統括のプロジェクトチーム長でかかわりましたし、やってみたらITの仕事が面白かったんですね。あの経験がなかったら入社していなかったかもしれません。
富士ソフトに対する印象をお聞きします。
財務的にも問題はありませんし、現場が強い企業です。当社が強い組み込み開発の分野は、発注者がベンダーを切り替える際に発生する、スイッチングコストが高いのです。一時期に比べると業績は悪くなっていますが、赤字になっているわけではない。非常にいい会社になれると判断しました。
もう少し詳しく現状を説明してください。
当社には二つの柱があります。もともと富士ソフトの強かった組み込みソフトの開発と、合併したABCが得意だった業務系のシステム開発です。
数年前までは、携帯電話の普及に伴って、黙っていても組み込み系の仕事が来ていました。これを受けていれば、成長できた時代です。2007年度の当社のソフトウエア開発の売り上げは、全体で860億円くらいありますが、6割くらいが組み込み系になります。
業務系のシステムでも、金融再編によって地方銀行や保険会社などの案件が生まれていました。ところが携帯電話の市場が成熟し、金融関連の開発が一段落する中で、受託開発だけでいいのかということを考え始めたわけです。
受託型の限界を感じたということですか。
当社は今、受託以外の商品提案型の業務を拡大していく方針です。まだ発表できないものが多いのですが、グーグルと提携してGoogle Apps Premier Editionを販売する事業もそうです。6月に発表しました。既に売れ始めていますよ。
単にこのビジネスで収益を上げるだけでなく、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やシンクライアント関連ソリューションに横展開するための、ドアノックツールでもあります。
組み込みソフトの開発も商品化できる可能性がある。既存技術をうまく使いながら、ワンチップにまとめて提供し、携帯電話メーカーの負担を減らすといったものなどです。
ほかに考えている施策は何ですか。
組み込み開発の分野では、次の有望分野として自動車を位置付けています。これまでに培った技術を展開していくわけです。中国を含めた海外市場への展開も考えています。
新社長の役割は?
しばらく前に方針の転換は決まっていました。具体的な肉付けをしていくことが私の役目です。
商品化を進め新規分野を開拓するとなると、これまで以上に提案力、営業力が求められます。
以前の当社は、見込み顧客の管理すら実施していませんでした。新商品を出していくのなら、やはりどんな企業に売れそうなのか分かった方がいいと判断して、これまでの方針を変更したところです。
成果は出ましたか。
やってみたら、470社の見込み顧客があることが分かったんです。それに、見込み顧客を確定させるプロセスを経験することは、営業力の強化につながります。
SaaSやシンクライアントといったソリューションは、同じ企業が相手でも提案する担当者が違うことがよくあります。このときに、SIerとしての営業力が大事になってくるのです。
前期の業績は連結売上高が1707億3900万円、営業利益は75億1700万円です。売り上げは微増ですが、19.8%の減益でした。携帯電話や金融の特需が終わったことが影響したのですか。
そうです。もう一つ、販管費を増やしました。営業力をつけなきゃいかんということです。本部機能も強化しています。
体制のことをお伺いします。代表権を持つ役員が6人いらっしゃいますね。
チームプレーでやっていこうということです。野澤会長を除いた5人の代表取締役は全部、外部からの転職組です。会長とも正々堂々議論しています。
イエスマンじゃなくて“ノーマン”ばかりいますから、社内の雰囲気はかなり変わってきたんじゃないですか。
役割分担はありますか。
私と野澤会長は全般を担当します。堀田一芙 代表取締役副会長が営業本部を、蓮見敏男 代表取締役副会長はグループ会社、三角恒明 代表取締役専務は本部スタッフ、つまり財務や経営企画を見ています。吉田實 代表取締役専務は新規事業や海外展開を含めた組み込み開発分野の担当です。
もちろん全員が代表権を持っていますから、全社的立場で物事は考えています。
自社ビルを建てていることがよく話題になります。
自社ビルがあることの利点はいくつもあります。IT会社というのは、いろいろな新しい設備を入れたり、レイアウトを大幅に変更したりすることが多いのです。
賃貸だと自由にならない部分が増えます。当社はデータセンターもここ(東京・秋葉原の本社ビル内)に作っています。
家賃収入がありますからね。営業外収入も多いんですよ(笑)。それから秋葉原に本社があることで、学生の採用などに好影響もあります。
白石さんは直前まで、みずほ銀行で、役員としてシステムを担当していらっしゃったわけです。売る立場になって、意識するところは何ですか。
やっぱりベンダーに一番強く望むものは、納期なんだということです。ユーザーにとって納期というのは、経営会議や常務会にかけて、いつから始めますと宣言しているものなわけです。顧客に告知しているケースもあります。
それが間に合わないというのは、単にシステムの稼働だけでなく、企業のビジネスや社内体制に遅れが生じるのと同じことです。発注者からすると絶対に無視できない問題になります。
IT業界では、開発に求められる3要素として、よくQCD、つまり品質(Quality)、コスト(Cost)、デリバリー(Delivery)といいます。
繰り返しますが一番が納期。それから次が品質です。予定通りサービスを開始しても、お客さんや社内ユーザーに迷惑が掛かることになります。
3番目がコストです。財務部門に1億円だと伝えていたものが、納期遅れなどで2000万円を追加するとなると、社内的には大変な話です。
ただ、これは財務との折り合いだけ、収益面だけの話で、顧客と社内の利用部門にはそれほど関係ありません。だから3番目だと思っているんです。
景況感は厳しくなってきましたが、連結の売上高で1750億円、営業利益で85億円という、2008年度の通期業績予想はまだ変えていません。
業績予想を策定したときより、外部環境が悪くなってきたのは確かです。立てた旗は降ろしませんが、厳しいとは感じています。
白石 晴久(しらいし はるひさ)氏
(聞き手は,中村 建助=日経ソリューションビジネス編集長,取材日:2008年7月22日)