写真●山形大学准教授の加納寛子氏
写真●山形大学准教授の加納寛子氏
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 「出会い系サイト」や「闇サイト」を介した犯罪,「学校裏サイト」を舞台としたいじめ問題などが大きく取りざたされている。未成年に携帯サイトのフィルタリングを自動適用するよう法整備がなされるなど,国も急速にこれらの動きに対応しようとしている。こうしたバーチャルコミュニケーションにおける昨今の流れに対し,専門家はどのように見ているのだろうか。ネットいじめなどに詳しい情報教育や情報社会論を専門とする山形大学准教授の加納寛子氏に話を聞いた。

ネットいじめなどバーチャルコミュニケーションにおける危険性を指摘する声が高まっている。何が問題だと考えるか。

 バーチャルを特別視すること自体が一番の問題だ。リアルと切り離して考えると,バーチャルがきっかけで起こるリアルの問題を未然に防げない。リアルとバーチャルはつながっているとの認識が必要だ。ネットがこれだけ普及した世の中で,バーチャルの問題を自身の問題として受け止めていない人が多すぎる。

具体的にはどういうことか。

 第1に,制度の整備が不十分である。現在の法律では,「首をつって自殺している人の写真」「樹海の中でカラスについばまれている死体の写真」「殺人の様子の写真」「偽札販売のアナウンスと連絡先が書かれた書き込み」などがあっても,「表現の自由」として容認されてしまっている。「警察庁サイバー犯罪対策室」と「警視庁犯罪総合対策センター」に通報したところ,「犯罪が起こらない限り動けません。写真を見て気分が悪くなったのなら,被害届を出してください。被害届を出してもらったら検討してみます」という回答だった。

 この問題点は,警察官個人の怠慢でなく,犯罪が起こらなければ動けないと末端の警察官に回答させている制度に責任がある。事件を未然に防ぐための法整備,制度の改革が望まれる。

 第2に制度や決まりごとを理解していない人が多い。よく切れるナイフが,有効な仕事道具になると同時に残虐な凶器にもなる。ネットも,ツールにすぎない。有益な道具にも危険な道具にもなりうるため,すべての人が制度や決まりごとを学び守らなければ,快適な情報社会は訪れない。

 例えば,法務省に情報通信に関する部門を早急に作る必要があるのではないか。ネットにまつわる問題は,片手間にできるほど簡単ではない。あらゆるリアルとつながっているので,専門の法律家を育成していく必要もあるだろう。

 ネットを有効活用するための教育が行き届いていないことも問題だ。特に問題視しているのは,教育について語ろうとする時にさえ,文部科学省の「学習指導要領」さえ読んでいない人があまりにも多いこと。教師や保護者はもちろん,マスコミも情報モラル教育に対する認識が間違っていることが多い。

 例えば,小学校教員向けの道徳に関する項目では「児童の発達の段階や特性等を考慮し(中略)情報モラルに関する指導に留意すること」となっている。しかし,実際の現場では,小学校段階ではネットも携帯電話も原則禁止にしようという意見が出たり,パソコンの使い方に終始するなど間違った教育の現状が散見される。反抗期に入る前の,小学校段階こそ,情報モラルの指導は成功しやすい。早い段階で大人と一緒に情報を発信するときに気をつけなければいけないことを,一つずつ,体験を通して教えていく必要がある。「情報モラル教育=パソコン教室」ということでは決してない。

 保護者の意識にも問題がある。分かりやすい例としては,「なぜSNSを見ないのか」と問いたい。人と接する機会のあるSNSは特に未成年者にとって危ない存在だ。しかし,保護者が子どもの利用するSNSに登録して情報共有すれば,危険性は減少する。親子関係が健全であれば,子どもが所有するデバイスとは別のデバイスから行動確認するのだから,本来であればさほどプライバシーを侵害する行為ではない。

 また,長崎県佐世保市で自殺した女子中学生の例では,バスケットボール部を親の意向で退部させられた悲しい気持ちをネット上に公開していたが,親はそれを知らなかった。しかもそれは親のパソコンを使って書かれていた。ネットとリアルを切り離さずに子どもの言動に注意していれば,違う結果もあったはずだろう。

 まずは現場の教員や保護者が正しい意識と認識に基づいた情報モラル教育を行うことが重要だ。

著書「ネットジェネレーション」では子どもの教育よりも大人の情報モラル教育が必要だと指摘している。

 大人に対する情報モラル教育では,経済産業省や文科省などの要請により大学などで公開講座が開かれている。しかし,そこには情報モラル教育が必要な人がほとんど来ない。そうした人たちはそもそも意識が低いためだ。

 教育機関を離れた人への教育は非常に難しいのが現状だ。例えば,運転免許のようにネットを利用するための免許制を設けるなどしないと,必要とされる大人に対して情報モラルを身に付けさせることはできないだろう。

逆にバーチャルコミュニケーションの可能性については。

 例えば引きこもりの人などが社会復帰するには非常に有効な最初の一歩となる。バーチャルコミュニケーションで社会性を身に付け,それをきっかけに社会復帰した人の事例は多数ある。

 バーチャルを積極的に活用できれば,そこからつながっているさまざまなリアルにもいい意味での影響を与えうる。ネットが普及した現状では,より多くの人たちが本来リアルとつながっているバーチャルはリアルと同じように有益であり,同じように危険も伴うという意識をきちんと持つことが欠かせない。