トヨタグループの1社、関東自動車工業の取締役会長を2008年6月に退任した内川晋相談役は、トヨタ生産方式(TPS)を生んだ故・大野耐一氏(元副社長)から直接教えを受けた直弟子の1人である。大野氏に学んだことを振り返り、これからの関東自動車の方向性を語ってもらった。 (聞き手は西 雄大=日経情報ストラテジー


関東自動車工業の内川晋相談役
(写真撮影:稲垣 純也)

大野耐一氏から学んだことのうち、何を継承しようと考えているか。

 大野氏は1000年続く会社の仕組みを作ったと考えている。タクトタイムと車両の価格は我々ではなくお客様が決めるものだ、ということを教わった。お客様が我々の仕事の仕方(タクトタイム)を決められるという原点を大事にして、若い人たちに教えなければならないと考えている。

1000年続く仕組みとはどのようなものか。

 現状を否定することをやり続ければ、会社は1000年続く。今、生産現場に話しているのは、朝に鉄板の状態で夕方には最終検査を終えてトヨタ自動車に納品するにはどうすれば良いか考えよと伝えている。8時間で自動車を完成させるには、うまく回っているようにみえる現状を否定して考えるしかない。ちょっとずつ課題点を現場に見せていかなくてはならない。現状を肯定したら何も出てこないのだ。

 問題は部門間のつなぎによるところが大きい。「表標準」と呼んでいるが、各部門で工程を顕在化するためにすべて書き出す作業を進めている。模造紙が数十枚も連なるほどの、全社の表標準が出来上がりつつある。この取り組みによって、ダブりや切れ目が見えてきて問題点が顕在化する。複数の部門で、同じことをやっているのならやめ、同時並行で進められる工程も見えてくる。こうした取り組みを通じて、強化していきたい。

改善を推進する人材をどう育成するべきか。

 人は、結局のところ「知識・意識・知恵・行動」の4つの組み合わせだ。知識と行動と意識が統合されて、知恵が生まれると私は考えている。

 まず問題をどんどん顕在化させる。顕在化させることで悩む局面にぶつからせると、知恵を出すようになる。見えてもいない潜在的な問題をいきなり解決できる人なんていない。局面にぶつかったら、みんな何とかしようとする。そして行動を起こす。行動力の強弱は意識の持ち具合によって決まる。意識と行動はらせん状になっている。意識が強い状態で行動することで問題を解決できたら、その人は意識はさらに強くなる。次の問題に取り組む際には、行動力はより強くなるといったようにスパイラルアップできる。

 意識は大事だが、現場には「勉強しろ」「知恵を出せ」とも口を酸っぱくして言っている。知識を学ばなければ、知恵は出てこないからだ。「高い意識を持って行動せよ」と現場に投げかけるだけでは、具体的に何も生み出せないし人は変わらない。

 上司の役割は、まずは部下を困難な局面にできるだけ多くぶつけることだ。そして何とか脱出しようともがいている時に、ちょっとだけ後押しができるのが本当に良い上司である。この「ちょっとだけ」というさじ加減が難しい。壁にぶつけるだけだと、部下は挫折してしまう。かといって、手取り足取り教えるのでは話にならない。もどかしくなることを我慢するのが上司の役割。上司が自らやってしまうほうが早いに決まっているが我慢して見続けなければならない。

 急がば回れといった慣用句があるように、結局早く上司が手を差し伸べることは、人材育成の早期化にはつながらない。ほんのちょっとだけサポートをしてやることが、上司の大きな役割なのだ。

昔と比べて開発や生産設備の進化は目覚しく環境は大きく変わっている。育て方に変わりはあるか。

 本質こそ変わっていないが、昔と比べていくらかやりやすくなった面はある。IT(情報技術)の進化によって変わったことが、その一例だ。以前は、スピードの遅さと容量の無さがネックで、シミュレーションなどもやりにくかった。ITの進化によって、大容量でかつ早く処理できるようになって、実世界さながらに様々なシミュレーションが簡単にできるようになった。様々な条件を何度も試せるようになったという側面で考えると、育て方が楽になってきたといえるかもしれない。小さな失敗もやりやすくなった。

 一方で、気をつけなければならないことも出てきた。物事の成り立ちの基本や原点の理解といったことをきちんと教えなければならない。理解が足りないと、失敗をしても失敗という感覚が無くなってしまうからだ。ボタンを押すだけで、ぱっと図面が出てきてしまうと、成り立ちを考慮するといったことがすっ飛んでしまうからだ。本当は大きく理屈に合ってないことが、コンピューターの中では成り立っているように見えてしまう。このあたりは、ITが進展してきたことのしっぺ返しというか裏腹だと感じている。

現場のコミュニケーションについてはどうか。

 コミュニケーションは意図的に活性化させようとしてきた。チームインセンティブという仕組みを導入している。3カ月で一番いい成績を出したチームに3万円支給している。職場の催しに使ったりしているようだ。支給額は小額で良い。チーム一丸となってインセンティブを獲得しようという意識が生まれることが大事だからだ。タクトタイム短縮など顧客のためになる改善提案を考えるようになる。チームインセンティブを達成するというのは、顧客のためになっていく。

 最近残念に思うのは、生産量は増加している割に、タクトタイムが変わっていないことだ。体質が鍛えられていない証拠である。標準作業をすべて見直す姿勢を植え付けなければならない。チームインセンティブなどの仕掛けを通して、現場からの意見をきっちりと吸い上げていってもらいたい。