ブロードバンドの普及とともに,さまざまなユーザー・エクスペリエンスを提供できるメディアとしてWebが注目されている。企業サイト制作を手掛けるクリエイターとして多くの受賞歴を持つ佐野氏に,サイト制作において心掛けていること,クライアントとの関係,Webの特性などについて聞いた。

クライアントから依頼を受けてWebサイトを制作するときに,心掛けていることは何ですか。

博報堂アイ・スタジオ クリエイティブディレクター 佐野 勝彦氏
博報堂アイ・スタジオ クリエイティブディレクター 佐野 勝彦氏
写真:山田 愼二
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 まずは,投げかけられた課題に対して自分なりの解決策をしっかり見つけて答えてあげることだと思います。もちろん制作を依頼してきたクライアントも,アイデアをたくさん持っていると思うんですよ。ですから,クライアントの想像を超えるものを出さなければ,と日ごろから心掛けています。

 Webについては「昔はカタログで今は体験」といったことがよく言われています。昔はカタログみたいに出しておくことしかできなかったけど,今はそこでいろいろなことが体験できるということです。おもてなしという面では,いかに楽しく体験してもらうかというところに気を使っています。

 Webサイトを訪れたユーザーには,単に「この新商品のこの部分が新しい」という情報以外に,「温かい」とか「格好いいな」といった“気持ち”を一緒に持ち帰ってもらいたいと考えています。それは世界観とも言えるものかもしれません。

Webサイト制作のアイデアはどういったところから得るのですか。

 具体的な方法論はないのですが,答えを言ってしまえば訓練だと思います(笑)。自分の中にある経験を探っていく感じです。日ごろから日常をしっかりと見て探るというところが,アイデアの探しどころかなと思います。

 例えば,ある商品を自分が使ってみたらどう思うだろうとか,以前,自分が同じような商品を使ったときにどう思っただろうとか,僕がこれを買うとしたら何を基準にするだろうとか,そういった自分の日常とか,あとはいろいろな人と話をしているときにアイデアが生まれてきますね。

クライアントと折り合いが付かないことはありますか。

 大いにあります(笑)。普通のプレゼンテーションでは,企画の意図とデザインの案をセットで出すのですが,伝わりづらいなと思うところに関しては,実際に動くものを作って持っていきます。

 ある程度の信頼関係が築けていたら,「絶対いいですよ,任せてください」と訴えかける感じでしょうか。信頼してもらうには,そのクライアントとどれだけ深く仕事をしているかということもありますし,実績を見てもらうということもあります。

 折り合いが付かないときの解決法として,クライアントの要求を吸収して,どう伸ばすかということに注力するということがあります。要求をそのまま反映すると,取って付けたみたいな感じになってしまうことがよくあるんですね。今のものがもっと良くなるように要求を吸収するにはどうすればいいんだろうと,ちょっと考え方をシフトして作っていくと,みんなハッピーになれますよね。

他のメディアに比べた場合のWebの特徴は何でしょうか。

 インタラクティブ性はもちろんありますが,“枠”の規定がないということが大きいです。紙の場合は「この範囲で」とか,映像の場合は「この時間で」とかありますよね。Webの場合には,それがありません。例えば,テレビって,画面があって,チャンネルがあって,といったように,テレビの“枠”がありますよね。Webではそういった部分も,自分で作ってしまえるわけです。チャンネルの部分というか,入力の部分を楽しみながら作っていくのが僕は好きなんです。そうして,その部分を世界観づくりに生かしていくとか,クライアントのメッセージを伝えるのに生かしていくわけです。

 また,ほかのメディアでは広告がコンテンツの間に挟まっていますが,Webはそうではありません。企業サイトは,コンテンツとコンテンツの間に入れられているものではありません。ユーザーが相当な意思を持って見ない限りは見てもらえません。

 その企業の製品にちょっと興味があるとか,たまたま見たとか,そういう人たちをいかに引き付けて好きになってもらって,購入のときに頭に残しておいてもらうかということが重要になります。そうした人たちのブラウザを閉じさせないとか,違うページに行かせないための工夫を必死に考えます。

(聞き手は,中條 将典=ITpro副編集長,取材日:2008年6月27日)

佐野氏は,ソフトウエア開発をテーマにしたイベントXDev2008(クロスデブ2008)で講演されます。詳細はこちらです。
博報堂アイ・スタジオ クリエイティブディレクター
佐野 勝彦(さの かつひこ)氏
企画,デザインからFlashまでトータル的に手掛ける。近年は,Cannes Lions銅賞,One Show銅賞,東京インタラクティブ・アド・アワード金賞,文化庁メディア芸術祭優秀賞をはじめ,国内外のアワードを多数受賞。また,グループ展の開催,個人的作品の制作などを行い,文化庁メディア芸術祭で審査員推薦作にも選ばれた。著書に『Webデザインの「プロだから考えること」』(共著)。

出典:XDev magazine 2008 16ページより

記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。