NTTの回線開放に大きく関わった多摩大学情報社会学研究所長の公文俊平氏と,Yahoo! BBで日本のブロードバンドで革命を起こした立役者である信州大学講師の平宮康広氏の対談の後編。後編では,IPアドレス枯渇,米グーグルの独占問題に議論が及んだ。

(進行役は中道 理=日経コミュニケーション

>>前編 

多摩大学情報社会学研究所長 公文俊平氏
多摩大学情報社会学研究所長 公文俊平氏

公文 現在の3F不況(編集部注:「Fuel」(燃料),「Food」(食糧),「Finance」(金融)に端を発する現在の不況を表す言葉)は,1970年代の石油ショックの再来といえると考えています。

 日本は当時,経営改革,技術革新を実行してこれを乗り切りました。そして,それが功を奏して80年代は日本がトップの時代になった。しかし,10年続かず,バブルが崩壊して,長期不況になった。90年代,米国はインターネットを武器に一気にトップに返り咲いたが,インターネット・バブルが崩壊しました。

 2000年代は日本がトップになろうとがんばった時代と言えます。e-Japan戦略を打ち出し,世界屈指のブロードバンド大国になりました。さて,日本は次の10年をこのブロードバンドを使えば,乗り切っていくことができるのでしょうか。ネットワークを効率的に使っていく,なんらかの工夫があれば大丈夫なのでしょうか。

 まず,IPアドレスが枯渇していくという現実的な制約がある。さらに,光ファイバの独占よりも,米グーグルの情報の独占の方が大きな問題とはいえないでしょうか。

平宮 まず,IPアドレスの枯渇の問題ですが,今,IPv6への移行が盛んに議論されています。しかし,ちゃんとしたマルチキャスト・サービスをやろうとすると現在のIPv6だと限界があるかもしれないと思っています。装置コストが大きくなりすぎる可能性があるからです。

公文 IPv6でマルチキャストをやると,どのぐらい高くなるのですか。

平宮 はっきりは分からないのですが,サーバーも強力なものを用意しなければならないし,ルーターにも非常に処理性能の高いものが必要になります。サーバーもルーターも,今より何十倍も強力なものにしなければならないでしょう。

公文 では,平宮さんはどうすれば安くなると言うのですか。

平宮 IPプロトコル自体を再設計し直すべきだと思っています。IPプロトコルの場合,プロセスの集合がホストで,ホストの集合がネットで,ネットとネットをつなぐものがインターネットだという考え方です。しかし,IPv4とIPv6は,ホストを識別するデータと,ネットを識別するデータが混然一体となっており,ホストはネットの中でしかユニークさを保証されていない。これが,マルチキャストを非常に難しくしています。

 どうすればいいかというと,レイヤー3プロトコルをネット・アドレスとホスト・アドレスを完全に分離して,両方をユニークなものにすることです。そうすれば,ネットという概念とは別の概念として,ホストをグルーピングすることができる。そうしない限り,機械コストが非常に高くなってしまうでしょう。

 かつて,IPv6でそうすべきだという意見がありました。前半の64ビットをネット・アドレス,後半の64ビットをホスト・アドレスにする案です。ところがいつの間にか,この方式が消えてしまった。IPv6はその後肥大化し,化け物プロトコルになってしまいました。これをもう捨ててしまって,新しいプロトコルを作った方がいいのではないでしょうか。

 今,米国で議論されているFIND/GENI(編集部注:米国政府が現在研究中の次世代インターネット・プロトコル)はそっちの方向に向かっているように見えます。日本はIPv6しか見てませんが,知らないうちに新しいプロトコルが主流になるということも考えられます。

公文 平宮さんはパケット通信を否定しているわけではないのですね。

平宮 今のIPのアーキテクチャの根幹をなすパケット方式も,エンドー・ツー・エンド通信も否定していません。

公文 その意味でのIPは残るのですね。じゃあどこが変わるでしょうか。

平宮 単にネット・アドレスとホスト・アドレスを分離して,それぞれがユニークだという保証があればいいだけです。ところが,それをIPv4,v6ではできないわけです。

公文 今の枠組みの上で,ネットとホストを分離するだけでできるのですね。

平宮 そうです。単にそれだけのことなのですが,私がこの話をすると圧力が来る。「みんなIPv6でがんばっているのにお前はなんだ」といった具合です。ただ,圧力が来るということは,この問題の本質を分かっている人がそれだけいるということだと思います。

公文 今は,IPv4にIPv6が入ってきて,共存できるような状態になりつつあります。これを壊して新しいプロトコルを採用すべきだといっているように聞こえます。

平宮 現在のシステムの上で,カプセリング(編集部注:あるプロトコルのパケットの中に別のプロトコルのパケットをくるんでしまうこと)はいくらでもできます。完全に壊す必要はないわけです。