公文俊平氏
多摩大学情報社会学研究所長
 
平宮康広氏
信州大学講師

 「ADSLでせっかく壊れたNTT東西の独占が,光ファイバでまた元に戻りそうだ」――。Yahoo! BBで日本のブロードバンドで革命を起こした立役者,信州大学講師の平宮康広氏は懸念を口にする。これに対して,郵政省(当時)の研究会に参加し,NTTの回線開放に大きくかかわった多摩大学情報社会学研究所長の公文俊平氏は「NTT東西の光ファイバの独占は不可避」と応じる。日本の光ファイバはどうあるべきなのか。この点から対談はスタートした。

(進行役は中道 理=日経コミュニケーション

平宮 総務省が公表したデータによると,2008年1月1日から2008年3月末までにADSLが42万ライン減少しています。年間に換算すると,ADSL回線のうち1割以上の回線が減ったことになります。一方,FTTHは82万ライン増加しています。私は,ADSLの歴史的役割は終わったと考えていますし,FTTHが増えるべきだと思っています。しかし,この状況がNTT東西の再独占につながるのではないかと心配しています。

公文 光ファイバのような設備は,独占化するのは不可避でしょう。個別の企業が光ファイバを引いても,効率が悪いし,最終的にはどこか一社に収れんしてしまいます。米国ではビントサーフ氏(編集部注:米グーグル副社長,TCP/IPの設計に深くかかわり『インターネットの父』と呼ばれる)が,光ファイバの国有化論を唱え始め,論議が巻き起こっているところです。NTTが独占的に設備を保有するか,公共的な機関が独占的に保有するしか道はないと考えています。

平宮 一時,ソフトバンクが光ファイバ設備の公社化を主張していましたが,これは難しいでしょう。NTTが株式会社になってから本格的に光の敷設を始めたからです。NTTは光ファイバを事実上の私有財産だと思っています。一方,総務省は設備競争をさせたいと考えているので,公社化をよしとしないでしょう。

公文 そうであるなら,光ファイバ設備が独占的な状態になるのを前提に,その先にどんな選択肢があるかを考えるべきではないでしょうか。つまり,光ファイバの線自体はNTT東西が保有するけども,これをオープンにして,いろいろな会社が,様々な通信方式をどうすれば使えるようになるのかを考えるべきです。

平宮 NTTの設備の独占は仕方がないかも知れませんが,FTTHサービスの独占は止められるかもしれません。

 KDDIやソフトバンクは1分岐貸し(関連記事)を主張しているわけですが,1分岐貸しは制度的な話だけではなく,技術的にも大変です。NTT東西がFTTHで採用しているGE-PONは,上流で4分岐,さらに下流で8分岐させる計32分岐のシステムです。まず,4分岐部分で約8デシベル低下,8分岐で約12デシベル低下するので,各家庭に行くときには合計20デシベル低下します(編集部注:一つの波を複数に分ける装置であるスプリッタを使うため,8分岐すればレーザーパワーは8分の1になる。さらにこれに光ファイバの融着の損失が加わる)。これは家庭にたどり着くまでにレーザーパワー大きく減衰するということです。

 架空線の線路長にもよりますが,場合によっては8分岐部分から100~200メートルぐらいの距離しか引き伸ばせません。この条件でうまく運用するには,綿密に線路を管理しないといけません。複数の会社が多分岐をシェアするというのは事実上不可能に近いでしょう。

 そこで私はこの問題の解決策を考案しました。多分岐のシステムを維持しながら,分岐のないシステムと同じものを提供するという方法です。実際に自身で簡単な実験を行い,有効性を確認しています。

公文 どんな方法を使うのですか。

平宮 私が考えているのは,複数の波長のレーザーを通信に使い,それぞれを各戸に渡すという方法です。具体的には,1285ナノ,1310ナノ,1335ナノ,1360ナノメートルの4種類の波長のレーザーを使うのが現実的です。

 さらに,その波長を上りと下りで時分割します。つまり,上りと下りを交互にピンポンする方式です。多分岐ではあるものの,ユーザー宅ごとに別々の波が使われるので,システム的にはSS方式(編集部注:シングル・スター方式,局舎からユーザー宅までを1本の光ファイバで結ぶ方式)と同じです。

 分岐点では,GE-PONのようなスプリッタではなく,波長を選択的に分離するカプラを使います。カプラを使うことでGE-PONで発生するような信号の減衰はなくなります。

公文 平宮さんは,SS方式でなくて多分岐でもいいという考えですか。

平宮 多分岐でもSS方式でも同じことができないわけではないということです。

公文 そのシステムは事業者が自社で光ファイバを引くのではなく,NTT東西から借りるのですか。

平宮 はいそうです。
 
公文 既存のGE-PONユーザーを平宮さんが考案したシステムに移行することはできるのですか。

平宮 残念ながら難しいでしょう。新規ユーザーにサービスを提供するのが現実的だと思います。ただし,既に電柱から宅内までつながっている引き込み線部分を再活用することはできます。

公文 そうしたアイデアを実現するためには,NTT東西の貸し出し条件を変えればいいわけですね。ところで,そうしたアイデアで,サービスを提供する企業はいるのでしょうか。

平宮 やはりそれなりの資本が必要です。ソフトバンクやKDDIがやる気になればできるのではないでしょうか。

公文 実際に平宮さんの考案した方法が有効なのかどうかは私には判断できません。しかし,仮に有効な技術であるなら,それを開発してこなかった人たちが問題だったということになるのでしょうか。

平宮 自分たちで新しいアイデアを考案し,その方法でNTTの回線を使わせろというのなら,私は別に何も言いません。しかし,新しい仕組みで対抗せず,NTT東西と同じような仕組みで,光ファイバを貸せといっているのは,情けないですよね。

公文 NTTのダークファイバ料金が不当に高いということはないのですか。

平宮 それはありえません。ダークファイバの値段は,5000円程度なので,1本の幹線を4分岐すれば1戸当たり月額1250円ぐらいです。これなら十分競争力のある値段でサービスを提供できます。

>>後編 

多摩大学情報社会学研究所所長/多摩大学教授
公文 俊平(くもん しゅんぺい)
1935年高知県生まれ。1957年東京大学経済学部卒,59年同大学院修士課程修了。1968年米国インディアナ大学経済学部大学院にてPh.D.取得。東京大学教養学部教授を経て,1993~2004年国際大学グローバル・コミュニケーション・センター所長。2004年4月より多摩大学教授・多摩大学情報社会学研究所所長就任。現在に至る。現代は第三次産業革命と第一次情報革命が同時進行しているという観点にたって,近代社会システム,特に情報社会の研究に取り組む一方,情報社会では,営利に携わる企業と,知的影響力の獲得をめざす智業が互いに共働するという持論に則して,“智業=企業共働プログラム”の推進に力を入れている。また,情報社会では,地域の情報化・ネットワーク化が不可欠という観点から「CAN」(コミュニティ・エリア・ネットワーク)の構築を提唱し,その普及に努めている。主な著書として,「情報文明論」(1994年,NTT出版),「情報社会学序説」(2004年、NTT出版)など。他に共著として,「文明としてのイエ社会」(1979年,中央公論社)がある。
信州大学非常勤講師
平宮 康広(ひらみや やすひろ)
1955年富山県生まれ。1970年日本大学卒。民間企業でオペレータ,プログラマ,システムエンジニアを経て,1989年に電子学園日本電子専門学校で専任講師になる。同時期,JICAの専門家としてポーランドに1年間赴任。ヨーロッパの技術者との交流を通してxDSLの可能性を知る。帰国後,xDSL事務局を主宰し,長野県伊那市でxDSLのフィールド・トライアルを実施。長野県協同電算に協力し,日本初のADSL商用サービス開始を成功させる。2000年より信州大学工学部の非常勤講師。2001年ソフトバンクBBで技術本部長に就任し,Yahoo! BB網の設計・構築の指揮を執る。同時期,長野県協同電算のバックボーンネットワークの更改にも技術顧問として参加。MPLSベースからMAC in MAC(EoE)ベースに変更する計画を立ち上げ,作業に参加する。また,長野県栄村でIPマルチキャストによる地上波再送などの「IP放送実験」に参加した。2005年にソフトバンクBBを離脱。現在は,新しいFTTHサービスとIPマルチキャスト,IPモバイル・サービスの構想を練る日々を送る。