野村総合研究所の北氏は,iPhoneの魅力を認めつつも販売台数は未知数だとする。米アップルが国別の販売台数を公表すれば,という仮定のもとでソフトバンクが大攻勢をかける可能性を指摘する。

(聞き手は松元 英樹=日経コミュニケーション



実質2万3040円という価格をどうみるか。

野村総合研究所 情報・通信コンサルティング部 コンサルティング事業本部 上級コンサルタント 北 俊一グループマネージャー
野村総合研究所 情報・通信コンサルティング部 コンサルティング事業本部 上級コンサルタント 北 俊一グループマネージャー
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 米アップルが発表した199ドルという価格と同じ水準となった。iPod touchよりも安い値段で,しかも頭金もないので,端末費用は安いというイメージを誰だって持つ。

 問題はランニングコスト。通信料は最低でも7280円がかかる。Webブラウジングが定額で,しかも音楽プレーヤーとして使えるなら安いと考える人は飛びつくだろう。孫社長が言うように,初期ロットは完売だろう。しかし,セカンド,サードのロットは同じように売れるかは疑問が残る。

 iPhoneをメインで使う場合,通話には画面が大きいし,そんなに好まれない。メールは絵文字に対応していないため,メールを重視する人は,普通の携帯電話を選ぶだろう。となると2台目として考えることになるが,2台目に7280円が払えるかどうか。1台目の携帯電話は通話とメールだけに限定して節約したとしても,足せば1万円近くになってしまう。一般の人にとってはハードルが高い。需要は限られるだろう。

孫社長のアプローチは強烈だった。

 孫社長は,iPhoneにほれ込んでいて,「絶対欲しい,ウチで出したい」と直接交渉した。それに比べると,NTTドコモは「人に取られるくらいなら欲しい」というくらいだったのだろう。自社ブランドを重視するNTTドコモにとって,iPhoneは1機種に過ぎない。大きな利益が出る形じゃないと取らないというスタンスだったのではないか。

逆に,アップルがソフトバンクを選んだ理由は。

 孫社長が直交渉したことだろう。ジョブズCEOと直に話して,その場で決める。NTTドコモの場合,トップ会談があっても事務方のやりとりが出てくる。ソフトバンクは,将来のアプリケーション開発に向けて中国のチャイナ・テレコムや英ボーダフォンとも組んでいる。両社に比べてソフトバンクの規模は小さいが,対等に組めるのはトップのスピード感,エネルギー,即断即決だ。

NTTドコモは,後手に回ってもiPhoneを取りに行くか。

 ほかの国に比べてソフトバンクが特殊な契約を結んだとすると,同じ国で違う条件にするのは難しい。もしそうなら,NTTドコモとしては必要ないのではないか。

 ユーザーの気質も考えるだろう。日本のユーザーは,NTTドコモのような巨大ブランドに対する目が厳しい。通話の品質やアプリケーションの動作などに関して販売店の対応が悪いと苦情のもとになる。顧客へのケアが十分できるかどうか確証を持たないと製品を出さない。これは,NTTドコモのいいところであり,悪いところでもある。

iPhoneの登場で日本の携帯電話産業は変わるか。

 その兆候は,iPhoneの登場以前からあった。端末販売奨励金の廃止と,それに伴う端末価格の上昇だ。これによりユーザーは,機能とデザインをこれまで以上によく見て選ぶようになった。使わない機能が載っていて割高感がある機種は買わない。iPhoneが好例だが,機能の数としては多くないが2万~3万円だったらこれでいい,とユーザーの意識は変わりつつある。今後は,事業者の通番ではなく,ウォークマン・ケータイ,AQUOSケータイのような名称が中心になり,メーカーの自由度が上がるだろう。

ビジネス用途は広がるか。

 まだ新型機を見ていないが,タフネス,つまり故障しないかなど,ビジネス向け機種の要求は消費者向けよりも厳しい。

 ただ,MID(mobile internet device)と呼ばれる製品分野のように,大型液晶パネルを搭載し,通話機能がなくて,ネットにアクセスし,顧客情報やCRMのソリューションをやるサービスへの期待が高まっている。それがiPhoneでできるだろうか。

iPhoneの販売台数はどれくらいとみるか。

 今はノーコメントだ。ただ,iPhone 3Gが売り出される世界70カ国のうち,この国では何台売れた,という報告をアップルが出すとすれば,孫社長が一番を取りに来る可能性がある。孫社長は「世界で一位」を取りたいという人だ。孫さんの競争心に火をつけたら,大変な騒ぎになる。

iPhoneがたくさん売れたらトラフィックが急増する。ソフトバンクのネットワークは大丈夫だろうか。

 厳しいだろう。早期に,固定通信網にトラフィックを逃がす手を打つ必要がある。NTTドコモが,携帯電話と無線LAN,ブロードバンドを組み合わせたサービス「ホームU」を始めた。間違いなくソフトバンクも無線LAN対応の端末を出して同じことをやるだろう。日本では,移動体通信のネットワークが逼迫するために固定網に通信トラフィックを逃がすという形の固定通信と無線通信の連携(FMC:fixed mobile convergence)が始まる。