iPhoneのタッチパネル上に現れたホイールを回転操作することで「スクラッチ」(回転中のレコードを擦る操作)を再現。2台のiPhoneをミキサーに繋いで音源をミックス--。筑波大学発の学生ベンチャー企業であるニューフォレスターが,iPhoneで「DJプレイ」を実現するソフトウエア「IPJ」を開発した。同社の社長である星野厚氏(28歳)に,アプリケーション・プラットフォームとして見たiPhoneの特徴や,開発の経緯などを聞いた(聞き手は中田 敦=ITpro編集)。


 米国サンフランシスコで,米Appleが主催する開発者会議「WWDC」が開催されていた6月13日。WWDC会場の「Moscone Center」から徒歩5分ほどのPowell駅周辺で,音楽に合わせてダンスを踊る米国人と日本人のグループがいた。


 その模様は,YouTubeに投稿されているビデオ(上部参照)で見ることができる。米国人のダンサー数人と,DJプレイを行う日本人2人によるコラボレーション。実はこれ,2台のiPhoneを使ってDJプレイを実現するソフト「IPJ」(http://www.ip-j.net/)を開発したニューフォレスターの創業者2人が「WWDCに入れなかった」ために,サンフランシスコの路上でIPJをデモした模様である。

音楽を自由なスタイルで再生するためのソフトウエア

写真1●2台のiPhoneをミキサー(中央)に接続してDJプレイを実現する「IPJ」
写真1●2台のiPhoneをミキサー(中央)に接続してDJプレイを実現する「IPJ」
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写真2●IPJの操作画面
写真2●IPJの操作画面
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 ニューフォレスターが開発したIPJは,2台のiPhoneをミキサーに接続し,iPhoneに格納された音楽ファイルを切れ目無く即興で連続再生するための「DJソフトウエア」だ(写真1)。

 IPJを使うDJは,片方のiPhoneで音楽を再生している間に,もう一方のiPhoneを操作して,次に再生する曲を準備する。次の曲の「再生開始場所」は,画面上に表示されるジョグ・ダイヤル(写真2)を使って選択し「キュー(CUE)」として保存できる。キューを設定して,再生ボタンを押すと同時に,ミキサーの出力をもう一方のiPhoneに切り替えれば,再生する曲を切れ目無く変更できるという仕組みだ。

 この際,つないだ曲同士のテンポ(ピッチ)が違ってはサマにならない。次にかける曲のテンポは,事前に前の曲のテンポと合わせておく必要がある。そこでIPJには,iPhoneのタッチスクリーンをDJが任意のリズムでタップすると,DJがタップしたテンポで曲が再生されるようになっている。非常に直感的な操作で,テンポをコントロールできるわけだ。

 テンポは,曲が始まった後でも自由に操作可能だ。また,タッチパネル上のジョグ・ダイヤルをキュキュっと擦ると,「スクラッチ」(レコードを擦って音を出すこと)ができる。DJが手に持つiPhoneを振り回すと,iPhoneの加速度センサーがそれを検出して効果音が出る。つまりIPJを使うことによってDJは,自分のかけたい曲を,自分がかけたいようにアレンジして再生できるのだ。

筑波大学発の学生ベンチャーが開発

写真3●左からニューフォレスター副社長の佐原拓人氏と社長の星野厚氏
写真3●左からニューフォレスター副社長の佐原拓人氏と社長の星野厚氏
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 IPJを開発したニューフォレスターは,筑波大学の学生が起こしたベンチャー企業。現在は,社長の星野厚氏と副社長の佐原拓人氏の2人(写真3)が,筑波大学キャンパス内の産学連携施設を拠点に,動画配信ソフトなどを企業向けに販売している。そんなニューフォレスターの2人には大きな夢がある。それは,iPhone向けに開発したDJソフト「IPJ」を,Appleが用意するアプリケーション配信基盤「App Store」を経由して世界中に販売し,「世界のDJ文化を変えること」(星野氏)だ。

 星野氏はもともと学生時代の2001年に,MP3ファイルを使ってDJプレイを実現するWindows向けソフト「MP3-J」をフリー・ソフトとして公開したことのある人物。在学中の2003年と2004年には,IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の「未踏ソフトウエア創造事業」に2年連続して採択されている。その後の2005年に,星野氏は学生ベンチャーであるニューフォレスターを立ち上げた。

 2008年3月,仕事の関係でたまたまMacを手に入れた星野氏は,これを使って何かアプリケーションを開発しようと思い立つ。そこで彼らが選んだプラットフォームが,ちょうどSDK(ソフトウエア開発キット)が公開された「iPhone」だった。選んだソフトウエアは,星野氏の原点とも言える「DJソフト」だ。

 星野氏はわずか2週間で「IPJ」を開発。全世界の開発者にIPJをお披露目するべく,6月9日からサンフランシスコで開催された「WWDC」に乗り込んだ。しかし彼らの手には「WWDC」のチケットが無かった。というのも彼らは,Appleが開催する「iPhoneソフトウエア・コンテスト」でIPJがグランプリを獲得し,自分たちがWWDCに招待されると確信していたからだ。コンテスト落選を知った時には既に,WWDCのチケットは売り切れていた。

 サンフランシスコには来たものの,WWDCには入れなかった彼らは,それでもIPJのアピールをあきらめなかった。そこで彼らが選んだのが,「路上パフォーマンス」だった。

 サンフランシスコの若者にIPJをアピールすべく,iPod touchを2台使って,即席のDJプレイにいそしんだ。すると,サンフランシスコの路上ダンサーの目にとまり,冒頭で紹介したような現地のダンサーとのコラボレーションが実現したのだという。