いよいよ2008年7月11日,ソフトバンクモバイルがiPhone 3Gを発売する。8Gバイト版は実質2万3040円と低価格。斬新なデザイン,タッチパネルによる操作性,App Storeによるアプリの追加機能。これらの要素でユーザーを引き付けるiPhoneは,日本の携帯電話事業にどんなインパクトを与えるのか。日興シティグループ証券 株式調査部で携帯電話業界を分析するアナリストの山科 拓 ディレクターにiPhoneの可能性を聞いた。

(聞き手は松元 英樹=日経コミュニケーション



「iPhone 3G」の投入タイミングは,予想よりも早かったように思うがどうか。

日興シティグループ証券 株式調査部の山科 拓 ディレクター
日興シティグループ証券 株式調査部の山科 拓 ディレクター
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 以前から,この時期に発表されることは分かっていた。ただし,今回発売されるのは3G(W-CDMA方式)対応機だと考えていた。独インフィニオン・テクノロジーズなど部品供給者の話を聞いていると,3.5G(HSDPA方式)対応は年末だろうという予測だった。そうではなく,当初から3.5Gであったことが驚きだ。今回は3G用チップにHSDPA用のチップを加えた1.8Mビット/秒対応機だと予測しているが,年末には1チップ品の7.2Mビット/秒対応版が出てくるのではないだろうか。アップルは戦略が上手だ。メーカーにもサプライズを与えているはずだ。

「8Gバイト搭載機で実質2万3040円」という価格はどう思うか。

 例えば,NTTドコモと比べると,ARPU(ユーザー当たりの月間平均収入)は音声980円,データ定額が5980円で実は変わらない。しかし,端末価格についてはNTTドコモが5~6万円で売っているのに対し,iPhoneが2万3040円となれば,コスト競争力がある。

 フラッシュメモリなどを大口購入し,単価を引き下げていると予測する。

 弊社の米国のApple担当アナリストならびにAT&T担当アナリストは,iPhone 3Gの調達単価を525ドルと推計している。決して高くはない水準だ。国内でのメーカーの卸価格は,NTTドコモが平均4.8万円,KDDIが同4万円,ソフトバンクが同4.6万円。日本の狭いマーケットでは量産効果が出ないので,iPhoneを5~6万円で売りたいとなれば,海外のノキアやソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズとの価格競争力も出せるはずだ。

販売台数はどの程度と予想するか。

 年間120万台と試算した。国内の端末市場の出荷は,これから減るかもしれないが1年間当たり5000万台ある。まず,このうち音楽ケータイはどの程度の比率があるのか考えた。JEITA(電子情報技術産業協会)の推計では,デジタル・オーディオ・プレーヤの販売台数は年間600万台という。日本の全人口の5%が,毎年新しく買うか,買い換えている計算だ。

 iPhoneの販売台数については,以下のように見積もった。携帯電話の国内販売台数5000万台を母数とみなし,前述の計算から,そのうち5%が音楽ケータイとして毎年新しく買い換えると仮定する。ここから算出される音楽ケータイの市場規模は250万台で,デジタル・オーディオ・プレーヤ全体に占めるiPodのシェアは6~7割であることを考えるとiPhoneの販売台数は少なく見積もっても120万台となる。

 これは国内メーカーや我々が考えていたよりも高い数字だろう。以前は,価格がもっと高くなると考えていたので50~60万台とみていた。今回の発表のように端末価格が2~3万円なら,競争力は十分ある。携帯電話の買い替え需要が中心として考えても,100万台はいきそうだ。これが200万台になれば久しぶりの大ヒット商品になるだろう。現在,売り上げトップの機種でも50~60万台にすぎない。

iPhoneを買うユーザーは,新規か2台目か。

 現在の国内におけるiPodの市場は400万台前後。こうしたユーザーが,iPhone購入に流れる可能性がある。可能性としては,120万台の半分くらいがiPodの買い替えになる。今は携帯電話とiPodを別々に持っているが,1台に統合したいという人になるだろう。

NTTドコモがiPhoneを扱う可能性をどうみるか。

 iPhoneだけでなく,ノキアの端末やAndroidもそうだが,Webサービスを前提に考えている端末が増えている。何のための高速通信かというと,サーバー中心の方が効率がいいだろうという考え方をとった端末だ。

 こうした端末は,「インストールを許さない」「自分が管理する」というNTTドコモのカルチャーと対立する。この状態でドコモがiPhoneを投入しても,それは単なる音楽ケータイであり,本来のiPhoneではない。

 パソコンのWeb2.0やAjaxの便利な世界をケータイにいかに実装するかと考えているのがソフトバンクだ。JIL(チャイナモバイルとボーダフォンの合弁会社ジョイント・イノベーション・ラボ)はそれを目指しているのではないか。例えば,ソーシャルグラフ(人と人との相関図、関係図)を携帯に実装すればアドレス帳とうまくリンクできる。

アップルがソフトバンクを選んだ理由をどう考えるか。

 キャリアの体質もそうだが,Yahoo!の存在が大きかったのではないか。iTunesでコンテンツを売りたいと考えたとき,固定網抜きには考えられない。iTunesは,ブロードバンドにつながったパソコンが前提になる。その点でソフトバンクが魅力的なのは,Yahoo! BBに500万,Yahoo!に6000万人のユニーク・ユーザーがいること。NTTドコモの5500万加入ユーザーより魅力的かもしれない。Yahoo!には集客力がある。ソフトバンクを3番手のキャリアと言うのは,ごく一面しか見ていないことになる。

iPhoneはソフトバンクの携帯電話事業に大きな影響を及ぼすのか。

 比較的低い,同社のARPUを上げるきっかけになるのではないか。iPhoneによるビジネス向けソリューションが提供できれば,さらにARPUは上がる。孫社長は「買い増した2台目の端末は,(そのユーザーにとって優先度が高い)1台目の端末になる」と話しているが,その最初のモデルになるのではないか。割賦制度を導入して2008年10月で丸2年になる。ちょうど買い換えのタイミングでiPhoneを買うユーザーが増えたら,孫社長の思惑通りになるのではないか。そういう意味でソフトバンクに追い風が吹いている。

■変更履歴
2番目の質問に対する回答の第2段落に一部不適切な表現があったため,文章を「フラッシュメモリなどを大口購入し,単価を引き下げていると予測する」に改めました。また,同質問の第3段落において,調達単価に関する記述に誤りがあったため,「弊社の米国のApple担当アナリストならびにAT&T担当アナリストは,iPhone3Gの調達単価を525ドルと推計している」に修正いたしました。 [2008/07/13 02:35]