記者の質問に答える椎名氏
記者の質問に答える椎名氏
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 地デジ対応録画機など向けの新しい著作権保護ルール「ダビング10」への運用切り替え実施日が2008年7月4日と決まったのは,2008年6月19日に行われた総務省「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」(デジコン委,情報通信審議会の下部組織)の第40回会合において,関係者の合意が得られ,その場の調整で7月4日という日程が提案されたからだ(Tech-On!の関連記事)。

 合意が得られたのは会合の終盤に,委員の一人である実演家,著作隣接権センター(CPRA)の椎名和夫氏が「ダビング10実施期日の確定」を提案し,権利者が譲歩したため。ダビング10の実施は「クリエーターへの適正な対価の還元」を巡って,メーカーと権利者が対立し,合意の形成ができない状態だった(Tech-On!の関連記事)。

 強硬な姿勢を貫いてきた権利者が土壇場で折れたのはなぜか。会合終了直後に椎名氏と記者団で行われた一問一答を紹介する。



これまでの主張を覆して合意に向けて譲歩したのはなぜか。

椎名氏 ここが潮時かなと判断した。決めたのは今日(6月19日)。実は2週間くらい前からずっと考えていてタイミングを見計らっていた。ダビング10の決定プロセスには僕も関わっており,思い入れもある。自分たちが納得できないからと言って,棺桶まで持って行くわけにはいかない。ダビング10の実施のために,汗をかくべき我々が汗をかいたということ。北京五輪という具体的なターゲットがあり,実施を待っているユーザーもいる。僕らもダビング10実施でがっかりするわけではない。むしろ喜ぶだけ。

権利者団体全部のコンセンサスを取ったのか。

椎名氏 そこは難しい。デジコン委に参加している権利者系の委員は5人いるが,その5人でいろいろ意見交換をしながら合意した。人質論がよく言われるが,我々が補償金(私的録音録画補償金)を人質に取ったわけではない。デジコン委は村井先生(主査の慶応大学 村井純氏)以下,対価の還元が実現されるか見てくれていた。そのためのWGも設置された。その場で「実現されているか」と聞かれたら「まだです」と答えざるを得ない状況だっただけ。とはいえ,そうした状況はいつまでも続けられない。村井先生が真摯に対応してくれているのに,村井先生に問題のすべてを押し付けるわけにはいかない。みんな頭を抱えているのに自分だけ呪文を唱えていればいいってもんじゃないよね。

経済産業省と文化庁の合意でBlu-ray Discへの補償金制度適用が決まったこと(Tech-On!の関連記事)は合意と関係するのか。

椎名氏 関係ない。Blu-ray課金自体は喜ばしいし歓迎するが,それと今回の決断とは関係ない。Blu-ray課金についての考えは先日出した声明(Tech-On!の関連記事)の通りだし,それは本日の会議でも申し上げた。

 今回の譲歩はあくまでデジコン委の議論の中で,我々が決めたこと。権利者としてはデジコン委に対する責任を果たしたと思っている。対価の還元と補償金の関係を切り離せば,僕らは自由になれる。我々が少し考え方を変えることでダビング10が実施できるならそうしようと考えた。「対価の還元」は情報通信審議会の答申という形で残っているから,今後,情通審が考えてくれるかも知れない。今は実現していないけど今後の可能性はまだある。

5月8日に文化庁が提案した「調整案」でも権利者は譲歩したと主張していたはず(Tech-On!の関連記事)。今回も続けての譲歩になる。

椎名氏 同じ種類の譲歩とは思っていない。著作権の問題で譲歩するのとは全然違う。デジコン委では僕は,なるべく現実的に話を進めたいと思っている。我々がメーカーに言い続けていたのは「権利者の利益を尊重してください,ただ食いは止めてください」ということ。ただ,それは自社の利益を最大化するという企業の論理とぶつかる。そうなったときに妥協していかなければ接点は見つからないと思っている。

文化審議会における補償金制度の議論は今後どうなると考えているか。

椎名氏 これで一つかたがついたので改めて話をできると良いと思っている。今回の対立でメーカーさんの主張は2年前に戻っちゃった。彼らが今後も話し合いのテーブルに着かないのなら僕らも2年前に戻らざるを得ない。まだそういう最悪の状況にはなっていないと思っている。

 今回の決断を戦略的にやった訳じゃないから,今後どういう影響を及ぼすかは分からない。良い影響があればいいと願っている。これが人質だったとするなら,メーカーさんはもう締め切りが無くなったことになる。「しめしめ」と言って出てこないと困るけどね(笑)。話し合いのテーブルに着いてほしいと思う。補償金制度はきちっとした議論をして,お互い納得した上で制度を作っていくべきです。こうなれば何年でも議論に付き合いますよ。

民間同士の話し合いで解決する考えはないのか。

 世界企業のメーカーさんに比べたら僕らは圧倒的に弱い立場。民間同士の話し合いで決めようとしても,テーブルについたと思ったら「忍術で消えた」なんてことも起こりかねない。やはり制度で守ってもらいたいという考えはある。

劇的な発言だった。世論を味方に付けることを狙ったのか。

 そんなことないよ。発言するときは本当に緊張した。副次的な効果として世論のこともチラッと頭をかすめたが,それを狙って今回の譲歩を決めたわけではない。