SaaSは中堅・中小を活性化させる,コンテンツとソフトの融合に可能

大手金融機関を含む民間企業を経て、2005年に経済産業省に中途入省した。ソフトの利用範囲が広がる中で、ITサービス産業の重要性は、かつてないほど高まっているという認識の中で産業振興を担う。特に中堅・中小企業を対象にしたSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やコンテンツとの融合領域に可能性を見いだしている。

ITサービス産業の現状についてどうお考えですか。

 1980年ぐらいにはわずか数千億円しかなかった産業が、毎年のように拡大して17兆円、18兆円の規模にまで成長しています。企業が新しいサービスを考えたり、何かシステムを動かそうとしたりするとほとんどの場合で、ソフトウエアが使われている世の中になりました。

 ソフトウエアの質とシステムの出来は、経営にも大きな影響を与えるようになっています。システムの完成が半年遅れたら、サービスの開始も半年、1年遅れてしまう。これが原因でライバルに負けてしまうことだってあります。

 ソフトウエアやITサービスの重要性はどんどん高まっているのです。ただ開発や運用の実態を考えると問題はないわけではない。

問題とは?

 完璧なものがあればいいのでしょうが、ソフトやITサービスに無限のセキュリティや信頼性は望めません。ソフトウエアの不具合が原因で、システムが急に止まったときに、経営者が謝罪に追い込まれるような事態をできるだけ減らすようにすべきです。

 そのためには、受託者と委託者が協議会をつくっておくとか、どこが責任分解点なのかを分かりやすく明確にまとめておく、といった必要があります。

具体的にはどういった施策がありますか。

 一つは、07年、08年にかけて経済産業省がまとめた「情報システム・モデル取引・契約書」と、その追補版の活用です。

 特に追補版が完成したことで、大企業だけでなく、パッケージソフトを利用するような中堅・中小企業の比較的、規模の小さなシステム開発でも利用できるようになりました。追補版には、契約書だけでなく、ソフト開発に当たって検討すべき事項を、さまざまな領域ごとにまとめた「重要事項説明書」を付けています。これは有用でしょう。

契約は重要ですが、それだけでシステム障害などのトラブルは避けることはできません。

 06年に発表した「情報システムの信頼性向上に関するガイドライン」の内容も見直すことになると思います。要求されているのはどのぐらいのレベルなのか、あるいは事業継続計画(BCP)をどう準備しておくべきなのか、といったことについて、さらに整備することが必要かもしれません。第三者委員会を作っておくべきなのか、ということも議論の対象になるでしょう。

経産省は、中堅・中小企業向けのSaaSも積極的に取り組んでいます。

八尋 俊英 氏
撮影:柳生 貴也

 資本金1億円以下の日本企業でのIT投資は、横ばいかあるいは減少している状況にあります。ITが経営に与える影響を考えれば、放置できないところまできている。

 しかも、事業者数で中堅・中小企業の8~9割を占める、10人以下の小規模な企業では、パソコンはあるんだけれども、電子メールくらいにしか使っていないという現状があります。

 月数万円で利用できるSaaSのようなもので、人件費の管理や販売戦略の策定、Webサイトの更新などを手掛けてみて、経営のリアルタイム化にITは役立つんだという実感を持ってもらいたいのです。そうしなければ、8~9割の小規模事業者は永遠にITを使わなくなるかもしれないといったくらいの危機感があります。

 ITを活用する企業とそうでない企業の二極化は、深刻という言葉では表現しきれないところまで進んでいるといっていい。経済産業省としてもいろいろ考えて、できる限りの施策を実施していこうということです。

中堅・中小企業のIT利用の促進については、過去にもいろいろな施策を実施してきたはずです。

 2004年度には、「IT経営応援隊」を発足させ、大臣表彰して、中堅・中小企業のIT活用のベストプラクティスを増やすための取り組みを実施しました。ただ、まだ十分とはいえない。

 小規模な事業者のトップが自分たちも取り組んでみようかというサイクルが、なかなか実現しないんです。この壁を越えるために、SaaSプラットフォームが有効といえるかもしれません。

 SaaSを使うことで経営に対するITの力を理解されれば、もう一段のIT化を進める場合に、街角のSIerにも声がかかる可能性が高まるでしょう。間接的かもしれませんが、受託開発のビジネスにつながる部分もあるはずです。

SaaSはソフト産業に負の影響をもたらすという意見があります。

 むしろ、SaaSを推進するもう一つの思いは、国内でソフトを作っている企業を活性化したいというものです。

 例えば財務会計などに関しては、日本国内に結構優れたパッケージソフトがあります。中には、地方の小さな企業が開発しているものもあります。ですが、パッケージの場合は販路の開拓・維持が難しい。

 国で作るSaaSプラットフォームによって、一種の標準化が進むことが期待できます。今後、民間でSaaSの利用が盛り上がれば、アイデアの優れたアプリケーションでさえあれば、強い販路を持たなくても全国に展開できる可能性がある。

 標準化と新たな収益配分の仕組みが立ち上がれば、地域で受託開発だけを手掛けてきたSIerにも、当社の面白いアプリを、全国の企業に知ってもらおうという動きにつながるのではないでしょうか。

ITサービス産業に限らず、日本のソフトウエア業界に元気がありません。

 そうした見方があるのは事実です。確かに、これからも今までと同じような形で成長していくのは、簡単ではないでしょう。

 情報処理の振興のための施策を打つのは当然ですが、実は今、従来のソフトウエアとコンテンツの垣根を壊せないかと考えています。組み込みソフトの分野にあるハードとソフトと同じように、コンテンツとソフトの垣根を外した融合領域に、新たなチャンスがある気がするからです。

 コンテンツといっても、映像などだけを対象にした狭義のものだけではありません。同じ局のメディアコンテンツ課(本誌注:正確には文化情報関連産業課)が、コンテンツ関連技術を幅広くまとめたロードマップを作っています。

広義のコンテンツですね

 ここで日本のソフト技術が使えるのです。ゲームだけじゃなくて3Dやロボットなどを含めた、さまざまなエンターテインメント系の技術について、しっかりした戦略を描いて動き出そうよ、という話をしています。

 実際にアメリカでソフトウエアの話をする時には、コンテンツと分かれたものとは考えてはいないのです。これが、日本では分かれてしまう。この垣根を早く突破しようということです。

 今なら、幅広い意味でのコンテンツを支えていけそうなソフトウエア技術者が日本にはたくさんいますよ。この領域が発展していけば、かかわる技術者も増えるでしょうし、一般のSIerもコンテンツ系の仕事が増加するのではないでしょうか。

ソフトとコンテンツを融合させるために、既に手を打ったのですか。

 最初の一歩ですけど、今年のCEATECに、情報処理振興課と文化情報関連産業課が一緒になって何かを出展しようと考えています。一緒のフロアで共同出展して、コンテンツとITがどう世界を変えるのかという点について、その一端でも示すことができればいいですね。 (聞き手・本誌編集長 中村建助)

経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課長
八尋 俊英(やひろ・としひで)
1989年、日本長期信用銀行に入行。ロンドン大学LSE法律大学院修士号、メディアポリシーセンター/メディア政策修士号取得。98年、ソニー入社。系列コンテンツ配信会社のエー・アイ・アイ取締役兼務、常務COOなどを経て05年にソニーを退社。05年、経済産業省に入省し商務情報政策局情報経済課情報経済企画調査官、07年7月、情報処理振興課長に就任。

(聞き手は,中村 建助=日経ソリューションビジネス編集長,取材日:2008年4月2日)