「1997年に家庭薬メーカーの経営者から市長に転じたのですが、驚いたのは経営に必要なBSがないことでした」と後藤市長。
「1997年に家庭薬メーカーの経営者から市長に転じたのですが、驚いたのは経営に必要なBSがないことでした」と後藤市長。
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大分県臼杵市は、企業経営の考え方を取り入れ、全国の市町村でもいち早くBS(バランスシート、貸借対照表)を導入した。行財政改革の先進自治体である臼杵市の後藤国利市長が公会計改革の重要性を語る。(聞き手:本間 康裕=プロジェクト推進部 写真:増田 泰久)

臼杵市では、10年も前から行財政改革を進めていますが、どのような目的があったのでしょうか。

後藤 行財政改革ついては、職員がやる気になるということ、職員が全体像をきちんとつかむということ、市のあるべき姿をきちんと描いて正しい方向に向かっていくということが大切です。一般的に言われるような、人数を減らすとか、効率を上げるとか、こうしたことが目標では決してありません。もちろん最終目標到達までの過程での、途中の目標の1つとしてはあり得ると思います。

 まずBSを作って、次にPL(損益計算書)を作りました。PLを正確に作ろうと思うと、減価償却してコストに入れなくてはならなくなり、次に分野別のコスト計算書を作りました。これで、職員がコスト意識を持つようになりました。

 もう1つ大事なのは、資金調達意識が芽生えたことです。

 以前は、一般財源を使おうが、国や県から補助金をもらおうが、起債してお金を借りようが、お金はお金という意識でした。背後にあるコストに気づいていなかったのです。それが、こうした諸表を作るようになってからは、職員の意識が出ていくお金だけでなく入ってくるお金にも向くようになりました。国からの補助率とか、起債した場合に国が補填してくれる割合まで、考えるようになりました。

職員の意識が変われば、“市の中身”も変わる

職員の意識が変わることで、何が変わるのでしょうか。

後藤 実際に、“臼杵市の中身”は大きく変わりました。例えば、借入金の総額は増えたようにも見えますが、一般財源で支払う分、つまり市民が払う分ですが、この金額は減りました。国の補助金などを有効に活用しています。

 市役所全体が変わったかどうかは分かりませんが、少なくとも財政担当はこうしたものの見方をするようになっています。

BSを作ったのは、市民に市の資産の状況を説明するためですか。

後藤 BSは、どうしてその位置から移動して今この位置にいるのか、これからどちらの方向へ進むのかを説明するための資料です。自治体が、どのような航跡をたどっているかを示す航跡図のようなものだと考えています。

 ただし、BSそのものを市民のみなさんに分かってもらう必要はないのです。BSを扱う部局と首長自ら、つまり行政経営を担っていく人がしっかり理解して、BSを裏付けにして「今年度は何をどうするか」ということを、市民に説明するのが大事です。BSは重要なものですが、それを作ったからそれで説明責任を果たした、というようなものでは決してないと思っています。

 臼杵市では、2006年度決算からBSの前年度対比を始めました。BSをそのまま見せるのではなく、BSベースの年間の増減表を作ったのです。1年間の資産形成、1年間の負債形成がこうなりましたという内容です。分かりやすいということで市民の評判は上々です。

まずは総務省方式改訂モデルで4表を作成

総務省は全国の自治体に、財務4表(「貸借対照表」「行政コスト計算書」「資金収支計算書」「純資産変動計算書」)の作成を求めています。

後藤 これは、今までなかったのが間違いです。しっかり整備すべきです。現段階では「こんなものを作っても何にもならん」と思っている自治体が多いと想像しますが、5年、10年と作り続ければ、価値のあるものだと分かってきます。「やっておいてよかったな」となりますよ。

 これまでは、臼杵のオリジナル方式と改訂前の総務省方式に基づいて諸表を作ってきました。今後は、まず総務省方式改訂モデルに取り組み、機を見て基準モデル方式に取り組むつもりです。いつ基準モデル方式に移行するかは決めていませんが、導入するソフトウエアは基準モデルにも対応しているので、問題はないと思います。

【インタビューを終えて】
 後藤市長は、薬品メーカーの経営者でもあります。その目には、現金収支だけで資産の出入りを見ない公会計は少々奇異に映ったようです。加えて「BSは自治体の航跡図」という言葉には、比較的小規模な自治体ながら、他に先駆けて財務諸表を整備してきた経験に裏打ちされた自信を感じました。『日経BPガバメントテクノロジー』では、公会計改革の最新動向を伝えるセミナー「行財政改革シンポジウム」を4月9日に開催します。後藤市長に基調講演をお願いしました。生でお話が聞ける良い機会です。ぜひご参加ください。

臼杵市長
後藤国利(ごとう・くにとし)氏
1940年大分県生まれ、68歳。64年一橋大学社会学部卒業後、三菱重工神戸造船所入社。66年に臼杵製薬という家庭薬メーカーを継ぎ社長に就任。75年大分県議会議員に初当選(以後5期20年在職)し、90年には県議会議長を務めた。97年に旧臼杵市長に初当選し2期在職。市町村合併後の市長選挙(2005年)でも当選し、現在新臼杵市の市長としては1期目となる。