総務省が2007年12月10日、携帯電話事業者に要請した有害サイトのいわゆる「フィルタリング規制」(要請の正式名称は青少年が使用する携帯電話・PHSにおける有害サイトアクセス制限サービス(フィルタリングサービス)の導入促進に関する携帯電話事業者等への要請)を巡って、利用者やコンテンツ事業者の間で困惑が広がっている。

 そこで今回の政策のキーパーソンであり騒ぎの渦中にある、総務省総合通信基盤局消費者行政課の岡村信悟・課長補佐に、要請の狙いと課題を聞いた。

 携帯電話事業者4社(PHS事業者も含む、以下同様)はいずれも、2008年2月までに要請に沿った形で、18歳未満の携帯電話利用者に対するフィルタリングの"原則化"に踏み切った。「出会い系」などの有害サイトへのアクセスを抑止するのが狙いだが、実際には若者に人気があるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やブログ、携帯小説サイトへのアクセスも幅広く制限される結果となった。この規制はコンテンツ事業に大きくマイナスになると投資家から嫌気され、携帯専用SNSの「モバゲータウン」を運営するDeNAなどの株価が大きく下がる要因になったとの見方も業界内から出ている。

(聞き手は清嶋 直樹=日経情報ストラテジー)

なぜ「フィルタリングの原則化」が必要なのか。

携帯電話のフィルタリング普及を担当する総務省総合通信基盤局消費行政課の岡村信悟・課長補佐
携帯電話のフィルタリング普及を担当する総務省総合通信基盤局消費行政課の岡村信悟・課長補佐

岡村氏:警察庁の調べによると、2006年の「出会い系サイトに関連した事件の検挙件数」は1915件。被害者数は1387人で、96.5%が携帯電話を使用しており、61%が女子中高生だ。

 検挙件数そのものが急激に増えているわけではないが、政府としては、若者の生命にかかわる事案が起きている以上、何かしらの施策をやらざるを得ない。

 これまでもフィルタリングサービスは存在していたが、700数十万人とみられる18歳未満の携帯電話利用者のうち、3分の1程度しか利用していない。さらなる普及が必要だと判断した。

フィルタリングは本当に有効なのか。

 フィルタリングは"魔法の杖"ではないが、ネット上の違法・有害情報に対する対策でこれ以上の特効薬はないと考えている。

 誤解されることが多いのだが、2007年12月の要請では、フィルタリングを義務化したわけではない。18歳未満の人が携帯電話を使う場合に、監護権がある親権者にフィルタリングの選択を委ねたということだ。親権者が「フィルタリングは要らない」といえば、外すことも可能だ。「通信の秘密」との兼ね合いから、(通信事業者が)通信内容を遮断するフィルタリングには本人の意思確認が必要。18歳未満の場合は親権者の意思を確認するということだ。

 今回の要請を通じて、フィルタリングを契機に親と子が情報コンテンツに対するコミュニケーションを深めてもらうことも狙っている。同じ18歳未満でも、小学生と高校生ではフィルタリングすべきコンテンツも違ってくるだろう。それを親子で話し合ってもらいたい。

パソコン向けのウェブサイトについてもフィルタリングの要請をするのか。

 パソコンも検討の視野に入れている。携帯電話だけが危険というわけではない。ただし、携帯電話は個人が常時身につけていて、個人と一体化しており、事件の比率から見ても緊急性が高い。

携帯電話のほうが規制しやすいと考えたのか。

 そうではない。パソコンの場合は(電話会社、ケーブルテレビ会社、プロバイダーなど)事業者が多数ありばらばらに動いている。一方で、携帯電話は(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、ウィルコムの)4事業者しかない。その分、事業者の責任や判断の重みが増す。(政府の立場では)携帯電話のほうが余計に難しい。

携帯電話向けコンテンツ事業者からは「過剰規制」に対する批判の声が上がっている。

 コンテンツ事業者の気持ちも分かる。でも、今のうちに犯罪防止の取り組みをしないと、いずれSNSなどが犯罪の温床とみなされ批判の対象となることは不可避だろう。

 この機会に、コンテンツ事業者は18歳未満のコンテンツ利用のあり方を真剣に考えるべきだと思う。2007年11月に発足した「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」を通じて、それに対する支援もしていきたい(注:同検討会は公開で行われており、事前に申し込めば誰でも傍聴可能。過去の議事も公開している。次回=第4回=は2月27日に開催予定)。

 既に、楽天、ヤフー、ミクシィ、DeNAなどから意見を伺っている。今後もなるべく多くの機会を設けて、率直に意見を伺うつもりだ。

携帯電話向けフィルタリングの精度が低いのは課題

携帯電話向けのフィルタリング技術はパソコン向けに比べて未発達だ。今回の「要請」は拙速だったのではないか。

 その問題は認識している。携帯電話事業者は、外部の企業が提供するURLリストを採用してフィルタリングサービスを提供している。その携帯向けURLリストを提供する企業が現時点ではかなり少ない。(注:携帯電話事業者4社はすべてネットスター=東京・渋谷=のURLリストを採用している)

 ただし、現実に国民の命にかかわる事件が起きている。政府としては、技術の発達を待つよりも、子供を守ることのほうが先だ。携帯電話向けフィルタリングが普及すれば、これまで以上に精度が問われるようになり、技術の発達を加速させる面もある。フィルタリング関連の企業にとっては新たなビジネスチャンスにもなる。

実際に、18歳未満の利用者がSNSにアクセスできなくなるという事態が起きている。

 現状は、フィルタリングの"目"が粗すぎると問題は確かにある。SNSならすべてフィルタリングの対象になってしまうのは問題だ。18歳未満の人がSNSを使えないという状況がいいとは思わない。

 一方で、どのSNSなら安全かというのは難しい判断になる。海外では住民番号を入力しなければ登録できないSNSもあるようだが、そこまでするのが果たしていいことなのか。

フィルタリングの利用を原則化するだけで、フィルタリングの具体的な中身を何ら示していないことが混乱につながっているのではないか。

 本来、そこは政府が一番抑制的に動かなければならないところだ。総務省が何をどうフィルタリングすべきかという詳細な基準を示すことは今後ともない。政府は多様な価値観を認めなければならない。警察庁はまた違う視点を持っているかもしれないが、総務省としては、コンテンツに対する価値判断に踏み込むことはしたくない。

 事業者の間で、フィルタリングの基準作りをする努力も行われている(関連記事)。今は過渡期だが、いずれ落ち着くだろう。

 私は、(規制にかかわるような)行政の仕事は人から褒められてはいけないと思っている。それにしても、今の仕事は、(通信事業者、コンテンツ事業者、PTAなどの保護者・消費者団体など)関係者の利害が相反していて、あっちを立てればこっちが立たないという感じがする。平均台の上を歩いているようだ。