【後編】ユーザーとの契約は2段階が理想,脱・3Kには“消耗戦”の回避が効く

>>前編 

「現行通り」に作ってほしいは危険

要件定義があいまいなままシステム開発に入り、あとからトラブルに見舞われるケースも後を絶ちません。

 どういうシステムを作りたいのかを決定する上流工程は、お客様が主体となって進めるべきです。その点をベンダー側はもっときちんと訴えていく必要があります。

 お客様のRFP(提案依頼書)で、「現行通りに作ってほしい」というのがよくあります。しかし、要求工学の専門家からみると、現行通りというのは最悪だと聞きます。私も経験的にその通りだと思います。“現行”とは何かを突き詰めていくと、実はお客様もよく分かっていない。古いシステムだと、担当者もいなくなっているし、当然のごとくドキュメントも残っていなかったりします。

 契約についても、少なくとも2段階に分けてほしいと考えています。システムの設計段階と開発・実装段階です。設計段階はコンサルティングに類似している部分ですから、工数×単価のような契約で行う。開発段階からは請負契約でやっていく。開発・実装段階では生産性の差が出てきますから、ベンダーはそこでも競争すればいい。契約については、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)と連携して推進していこうとしています。

 それから、CIO(最高情報責任者)の位置付けも重要になると思います。これまでのように、名前だけで片手間で業務をこなすようなCIOではダメです。ベンダー側もニーズをきちんと吸い上げる必要がある。システムを作りたいというのはワン・オブ・ゼムであり、本当の経営課題は生産改革や営業改革だったりする。それをしっかりとサポートしなければなりません。

情報サービス業界を含めIT業界は“3K”と揶揄され、学生の人気がなくなっています。人気回復のためには何が必要でしょうか。

浜口 友一(はまぐち・ともかず)氏
写真:佐々木 辰夫

 お客様との関係を含めて、仕事の進め方を改める必要があります。“消耗戦”とよく言っているのですが、お客様がRFPを出し、その予算で請け負ってしまうと、その後お客様は金額が決まっているのだからと、要求をどんどん出してきたりする。一方でベンダー側のPM(プロジェクト・マネジャ)は、予算内に収めようと努力する。そのせめぎ合いで消耗戦になるわけです。

 だからこそ、契約を2段階に分けて、工数によってコストが増える設計段階と、請負契約でベンダーの裁量で計画できる開発・実装段階とを区別する必要がある。そして、見える化によって、設計書も分かるように見せ、進捗状態も分かるように説明し、品質も分かるように見せる。そうすれば、お互いにもっと働きやすくなるはずです。


プログラマの地位をもっと高めるべき

 84万人のうち、大半はプログラマです。生産性を上げればそれだけ評価が上がるようにすれば、プログラマにとってもやりがいのある楽しい職場になるのではないでしょうか。

 日本ではSEが上で、プログラマは下というイメージがあります。プログラマというと、単純労働というイメージでとらえられている。プログラマは重要な職種なので言葉の使い方を見直して、地位も高めていく必要があります。システムは、最後はプログラマが作るのですから。

 以前、米グーグルを訪問したときに、プログラマの重要性を聞きました。彼らにとって大事なのはソース・コードであり、それさえあればいいじゃないかと言うのです。逆に日本では設計書こそ大事であるという話になっている。設計書があれば、あとは工場のラインで作るような感覚でソース・コードを生産できると思っているのです。プログラマの価値をもっと認めるべきです。

 業界の給与水準についても、平均的な賃金は他の業界と比較して決して悪くはありません。ただし、長時間というイメージが強い。しかし、それもみんながみんな長時間というわけではありません。不満を持つ人たちの声がクローズアップされてしまっている気がします。もちろんJISAとしても長時間対策の手を打っていきます。

日本IBMが再々委託を禁止しましたが、JISAとしてはどうとらえていますか。影響が大きいのではないですか。

 悩ましい問題です。日本の情報サービス業界は、多段階の下請け構造になっています。私は日本の労働市場から言えば、ある程度の下請け構造は仕方がないと思っています。米国のように労働流動性が高くて、人がそこに移っていけばよいというのではありませんから。日本はだいぶ変わってきたとはいえ、まだ長期雇用が主流です。なかなか流動化が進みにくい。この状況下では、簡単に人員を増減できないので、下請けに頼らざるを得ないでしょう。とはいえ、5次請けとか6次請けというのはいかがなものかと思います。どの程度まで許されるかはこれから決めていく必要があります。

インドや中国との競争には負けない

今は中国やインドのITベンダーを下請けとして使っていますが、彼らも実力をつけ、日本のユーザーと直接取引を始めています。今後、国内の情報サービス産業が空洞化する恐れはありませんか。

 設計と開発・実装を切り分けた契約を進めると、インドや中国の企業は、開発・実装段階で入ってきやすくなります。ただし、上流の設計を担当した企業はアドバンテージがあります。インドや中国の企業がそれを克服して、生産性が高い、価格が安いと判断されれば、そちらに仕事が流れることになります。競争は激しくなるでしょう。ただ、人件費については早晩あまり格差がなくなるでしょうから、逆に外国企業であるという不利な面が出てくるとも思います。

日本の情報サービス会社が国外市場に進出していくことも考える必要があるのではないですか。

 その通りです。我々ももっとグローバルで活動していかなければならない。中国、インド、ベトナムにしても、今はオフショア開発先として見ていますが、これからは市場として位置づけていく必要があるでしょうね。

情報サービス産業協会(JISA)会長 NTTデータ 取締役相談役
浜口 友一(はまぐち・ともかず)氏
1967年3月京都大学工学部卒業、同年4月に日本電信電話公社入社。88年にNTTデータ通信(現NTTデータ)に移る。購買部長、取締役・経営企画部長、公共システム事業本部長、常務取締役、副社長を経て、2003年6月に社長に就任。07年5月に情報サービス産業協会(JISA)会長。同年6月からNTTデータ取締役相談役。1944年生まれの63歳。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2007年12月7日)