【前編】官民挙げて国際競争力を高めよ

通信サービスの国際競争力強化や通信と放送の融合など,日々動き続ける通信行政。総務省の「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇談会)の報告書を執筆し,通信行政の当事者として活躍した元総務大臣秘書官で慶応義塾大学メディアデザインスクールの岸博幸氏に,現在の日本が抱える通信政策の課題などについて聞いた。

総務省の通信政策を見ていると,ここしばらく通信産業の国際競争力を高める産業育成に重点を置いているようだが,これまでの動きをどう見ているか。

 国際競争力をつけることは大切なことだ。その方向に向かっているとは思うが,体現できているかと言えば,まだまだではないかという気がしている。

 例えば今,携帯電話を見ると明らかに国内で大手3社が体力消耗戦を繰り広げている。こんなことばかりやっていたら海外に出られるはずがない。そこにさらにMVNO(仮想移動体通信事業者)が入ってくると,さらに競争が激しくなる。もちろん競争は必要だが,それにプラス・アルファがなければ国際競争力をつけることは難しい。やはり産業育成的な部分が必要になる。当然,総務省も考えてはいると思うが,急いだ方がいい。

国内で独自のマーケットを作って体力を付け,そこから海外に展開するやり方もあるのではないか。

 最初から世界標準を作って世界市場で勝負するやり方もあれば,まずは国内市場で技術を成熟させてから国外の市場に広げていくやり方もある。どちらが正解なのかは,物によってかなり違ってくるが,いずれにせよ官民がうまく連携する形がなければ,最終的には厳しくなる。

2.5GHz帯周波数の免許割り当てに関して憶測が流れている。例えば,特定の技術を産業育成の観点で採用したいと考えているなら,あらかじめ明示すべきだろう。行政はどこまで踏み込むべきなのだろうか。

岸 博幸(きし・ひろゆき)氏
写真:辻 牧子

 総務省には,まだ迷いがあるのではないか。いろいろ考えがあり,将来予測もいろいろある。それらを十分に精査して判断すると思うが,はっきりさせたくない部分があるのかなという気がしている。そのやり方が正しいのかどうかはよく分からない。

ユーザーからすれば,新サービスの登場に当たっては「5年後,10年後にはこんなサービスになっていますよ」という具体的なイメージを知りたい。周波数割り当ての審査にしても,将来のサービス・イメージを提出させて,それを審査するというアプローチも有用な気がする。

 民間の側に立てば,予見可能性がないのは怖いことだ。これからは,総務省として何年後にどのような形にしたいと思っているのかを国民に示すことや,官民で足並みのそろった産業政策を打ち出すことが必要になる。おそらく総務省は,そうしたことをやってくれるだろう。

競争政策における設備競争について聞きたい。これを本格的に進めると,ある種の事業者保護政策が必要になるので,料金が高止まりするのではないか。

 インフラ設備をどう整備していくのかという議論については,かつて話題になった光ファイバ公団構想のように,公的な組織が一括して整備し,その上で民間が競争しようという考え方もある。ただ,今はNTTの民営化以降,設備競争するのが建前になっている。それを否定する気はないが,設備競争で体力を疲弊し続けるのはどうだろうか。どこかでうまくコントロールしないと,結局その後が続かなくなる。

今後5年先,10年先を見据えたとき,日本の通信産業はどういう構造になっているのが望ましいと思うか。

 いくつかの企業がFMCを当たり前のように手がけていて,放送にも取り組んでいるという姿が望ましい。そのとき,通信事業者の数は5社を超えることはないだろう。そう考えると,一番の問題はNTTのあり方だ。「NTTは強すぎるからFMCはさせない」とか,「県内通信だけにする」とかいっているときではない。やはりここは変えていかなければいけない。

NTT再々編は2010年に検討することになっているが,今の体制のままで行くのがいいとも思えない。

 私は,NTTが自ら「こういう会社になりたい」と言って然るべきだと思う。そもそもNGNをやろうという企業が,今の体制や県内通信でいいと思っているはずがない。また,株式公開企業として株主利益の最大化を図っていないことも明らかだ。

 そもそも私は,NTT再々編は行政が言い出す前にNTTが言い出すべきだと思っていた。ただし,その際にも当然,何らかのボトムラインを設定すべきだろう。具体的な条件を明示して,それを守った上で早く決めて進めた方がいい。

 例えば持ち株会社をなくして,NTTドコモがNTT東と組んで,NTT西がNTTコムと組むといった体制もあり得るだろう。そして,もし総務省の中に何らかのボトムラインがあるのなら,それを明らかにするべきだ。そうしておけば,通信事業者側も放送事業者側もいろいろと動けるようになる。

>>後編 

慶応義塾大学メディアデザインスクール教授 エイベックス・グループ・ホールディングス取締役
岸 博幸(きし・ひろゆき)氏
1962年生まれ。一橋大学経済学部卒業。1986年,通商産業省(現・経済産業省)入省。当時の竹中平蔵大臣の側近として,不良債権処理,郵政民営化などの構造改革を立案・実行。通信・放送関連では,2001年にIT戦略本部で通信・放送の融合と放送のハード・ソフト分離を打ち出し,2006年には「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇談会)の報告書を執筆。その一方,ボランティアで音楽,アニメなどのコンテンツ・ビジネスのプロデュースに関与。2007年から慶応義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授。慶應義塾大学メディアデザインスクールは2008年4月開講予定。

(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年11月2日)