SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)はソフトウエア・ビジネスに革命を起こす可能性がある。近著でこの問題を詳しく論じた、日本屈指のSaaSウオッチャーである城田氏にSaaSの可能性について聞いた。

10月に「SaaSで激変するソフトウェア・ビジネス」という書籍を出版した。SaaSはどうソフトウエア・ビジネスを変えるのか。

野村総合研究所 情報技術本部技術調査部主任研究員 城田真琴氏
写真●野村総合研究所 城田氏

 まずビジネスの収益構造が大きく変わる。SaaSになると、ソフトウエア・ライセンスの収入がなくなって、毎月の利用料だけになる。しばらくは赤字の状態が続く。これに付随して営業担当者の行動も変わってくる。

 SaaSの場合には1カ月で契約が打ち切られることもあり得る。最初の契約時に利用が1年間は続くと見なして、営業担当者にインセンティブを与えるるなどしている。短期間で打ち切られた場合にはインセンティブが減額されてしまう。こういった事情があるので、営業担当者が顧客のアフターフォローに熱心になるようだ。既存のライセンス・ビジネスでは、大きな売り上げが上がった時に生じる多額のインセンティブに営業担当者の関心が集まりがちだった。

 業界に地殻変動が起きていることも意識すべきだろう。米セールスフォース・ドットコムが急成長していることで、米マイクロソフトや独SAPなどもSaaSに本格的に乗り出してきた。SAPはドイツや米国でERP(統合基幹業務システム)のSaaSであるBusiness ByDesignの提供を始めた。マイクロソフトもつい最近、ビジネスの拡大を目指してであろうSaaS型のDynamics CRM Liveで、パートナー向けの販売価格の大幅値下げを発表したばかりだ。

 すでに小規模のソフト会社がSaaSとして再生させようとしている例がいくつも出てきた。日本でも参入が相次いでいる。ある種のバブルだといえるかもしれない。

ネットをフル活用することの意味

マーケティングの方法も変わると指摘している。

 利益が上がるまでに時間のかかるSaaSベンダーは、ネットをフル活用した効率的な経営を重視する。それほど営業費用をかけずに中堅・中小企業を顧客として獲得しようとするためには当然のことかもしれない。

 例えば、「CRM」というキーワードで、検索連動広告の一番上にセールスフォース・ドットコムのWebサイトへのリンクが登場する。Webサイトでは、幹部クラスの社員が録画ではなくストリーミングでセールスフォースのサービスについて説明する。公開している資料も豊富だ。それなりの人が見れば、トレーニングを受けなくてもセールスフォースのアプリケーションが作れるくらいのドキュメントがそろっている。既存のソフト会社でここまで情報を開示しているところはほとんどない。

 ネット上のコミュニティの活用にも積極的だ。中堅・中小企業向けにERP(統合基幹業務システム)をSaaSとして提供しているネットスイートは、コミュニティにサービスのカスタマイズ情報などを積極的に共有できるようにしている。セールスフォースなどは、コミュニティからアイデアを募り、投票して評価の高いものから採用していく。いずれもコミュニティの知恵をうまく活用している例だ。エンタープライズ・アプリケーションではなく、ボトムアップの考えを一般消費者向けのグーグルやヤフーといった企業の影響を受けているのだろう。

ハードやミドルウエアなどをベンダーが一元管理するメリットもある。

 顧客の環境を考える必要がなくなることで、実際R&Dやサポートのコスト比率を既存のソフト会社に比べて大きく下げることが可能になる。通常のソフト会社のR&Dのコストは売上高の15%程度に達するが、SaaSベンダーのそれは10%を下回ることが少なくない。

 現時点でそれほどSaaSベンダーの利益が高くないのは、営業とマーケティング関連のコストを市場開拓のために投じているからだ。

2008年が分岐点に

セールスフォースやネットスイート以外でもいくつかのSaaSベンダーに注目している。

 書籍では「タレントマネジメント」と呼ぶ人事管理アプリケーションをSaaSで提供する米国のサクセスファクターや、コンプライアンス関係のサービスの米アクセンティスなどを取り上げた。ネットスイートや米ライトナウ・テクノロジーズも米国では日本で考える以上に利用が広がっている。

顧客がSaaSを受け入れる最大の理由は何か。

 運用コストが下がることだ。専任の担当要員を置かずに済むことの意味は大きい。利用者が増えてもシステム増強のための方策を取る必要がない。ソフトウエアをライセンス販売してきた企業は、単純にソフトの販売費用だけを比較して、SaaSの方が高いと主張することがあるが、TOC(総所有費用)で考えると両者は逆転する。

 すべてをSaaSにすべきだというのではない。本当のコアの部分は自前で開発すべきだろう。だがそうではない、付加価値をあまりもたらさない部分に関してはSaaSを使えばよいのではないか。何がコア業務なのかは業種によって大きく異なる。システムが止まった瞬間にビジネスが立ちゆかなくなるものがコアなものだと考えればよいだろう。

日本でのSaaSはこれからどうなる。

 個人的には2008年がSaasの1つのキーポイントになるのではないかと考えている。NRIが実施した調査では現在、66%の企業が興味はあるけれどもSaaSの利用していない。

 来年には提供されるサービスがもっと多様化するはずだ。これらの企業が実際に利用を開始すれば、大きな動きとしてSaaSは根付くし、そうでなければ2001年頃のASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)バブルの再来のようなことになるだろう。

 日本では、セールスフォースに続く有力なSaaSベンダーが登場するかどうかが1つのカギになるのではないか。1社だけで市場は簡単には盛り上がらない。