サービス品質は「現場」で決まる,CSを支えるのは従業員の満足度

2005年4月に日立電子サービスの社長に就任した百瀬氏。就任後、直ちに取り掛かったのが構造改革だ。サポート事業を主軸とする企業にとって、ハード保守の売り上げ減少は大きな逆風となる。2006年度を第2の創業年と位置付けた百瀬社長が目指すのは、「最強の統合サポート会社」。グループ含めて7000人の大部隊を、目標に向けてどう動かすのか。

近年の業績はどうでしょう。

 2005年度、2006年度と2年連続で増収増益を達成しました。「2006年度の売上高は前年度比マイナス13%」(本誌7月15日号の業績ランキングより)との記載と違うと言われるかもしれませんが、これは企業会計基準委員会の勧告にのっとり、会計方式を変更したためです。収益と費用を両建てにする総額表示から、互いを相殺させる純額表示に変更しました。

 これは今年度の会計から適用される勧告ですが、いずれ変わるんだったら06年度決算に前倒しで反映させようと考えたからです。従来の会計処理ですと、06年度の売り上げは107%に達します。

 伸びをけん引しているのは、ハード/ソフトの統合サポートと統合運用(ITマネジメント)、トータルセキュリティなど。ハード保守の売り上げも下げの角度が緩くなり、一息ついた感じです。04年度までは減収減益が数年間続きましたが、今は完全に逆になりました。

増収増益を支えているのは2005年度にスタートした構造改革と聞いています。

 そうです。グループの形態と社内の組織を変えました。まず2005年10月に、日立オープンプラットフォームソリューションズと合併しました。この会社は日立以外の製品の調達と、システム開発力を持った会社です。2006年4月には日誠日立電子サービスなど関連6社を吸収しました。新しい時代に向かうため、「みんないったん集まれ」という思いからです。

 社内の組織は、これまで製品単位に事業部として区切っていたものを、お客様のITのライフサイクルに合わせて組み直しました。例えば調達ならディストリビューションセンタ、設計と企画・構築はプラットフォームインテグレーション事業部といった具合。そして12月には、本社ビルを横浜の戸塚区から東京の三田に移しました。よりお客様に近い場所にいるべきだと思ったからです。

 これらの施策はすべて、製品の保守会社から統合サポート会社に変わるためのもの。意識の改革も含めて、私は「2006年度は第2の創業の年」と話しています。

社員の意識改革は、どのように進めたのでしょう。

 我々の最終的な目標は、お客様の満足度(CS)の向上です。このためには、お客様にさまざまな意味で「安心」してもらわなければなりません。前線にいる社員一人ひとりが「あいつなら任せられる」と思っていただくしかありません。

 よくサービス品質の向上といわれますが、通常の製品とサービスでは、品質のとらえ方が全然違う。サービスの品質は、サービスの提供者とお客様の接点で決まります。しかも昨日良かったからといって、今日も良いという保証はない。工場で高い品質のテレビを作れば、どこへ行ってもそのテレビの品質は保たれる。しかし、サービスは作り込むことができないのです。

 私はよく、サービスの仕事をマラソンの最終ランナーに例えます。材料からシステムに組み上げ、ソフトを検証してようやく完成したものをお客様にお届けする。この最後の段階をきっちりやらないと、お客様は怒りますよね。最後の最後、つまり私たちがたすきやバトンを落としてしまったのでは、どうにもならないのです。社員一人ひとりが、このことを理解してくれていると思います。

 当社はCSを尺度にしているので、社員の賞与にも会社の業績に加えてCSを評価軸にしています。先ほどサービスの品質は社員一人ひとりによると言いましたが、実際にはサービスの良さはチームワークで決まると考えています。だから査定も部門単位です。

改革を通じ、社員の意識は変わってきましたか。

写真●百瀬 次生(ももせ・つぎお)氏
写真:柳生 貴也

 いい例があります。当社は社内イントラネットで情報を共有する仕組みがあるのですが、ここで飛び交う情報に「こんなことをしたらお客様に喜ばれた」という「うれしい話」が、すごく多くなりました。調べてみたら、2006年度の下半期だけで138件もある。毎月20件以上です。実は2004年当時は、「こんなことをしたら怒られた」などのクレームの話の方が多かったのです。

 想像ですが、以前は気持ちが受身だったと思うのです。しかも自分の意思ではなく、やらされているという気持ちをどこかで持っていたのではないか。それが自ら能動的に動くようになって、どうやったら喜んでもらえるのか、という意識と行動に変わったのではないでしょうか。

 こういう良い話には、会社としても報いなければなりません。社内の表彰査定委員会で評価して、毎月1人5万円から15万円の賞を出しています。

お客様の満足度を向上させるのには、相応のコストがかかると思います。その点のバランスをどう取っていきすか。

 CSにおカネがかかるとは考えていないんです。話は少し飛びますが、私はCSを本当支えているのは、従業員の満足度だと思う。サービスの仕事は夜間だったり時には災害時だったりする。一人で寂しい環境に置かれることもある。社員が元気でやる気に満ち溢れているようでなければ、サービスの仕事はできません。ここにコストがかかるとすれば、それは必要なコストです。

 当社は320もの拠点を持っていますが、利益を出そうと思えば拠点の見直しなどいろいろな策はある。320拠点を維持しているのは、全国均一のサービスを維持するためですが、言ってしまえばこれは会社側の都合です。個々の社員で考えれば、その地域に自分の家があり家族がある。私が支社に言っているのは、「社員の生活を守れ」なんです。安定した生活をベースに、きちっと根を張って仕事をしてもらうことが非常に重要だと思います。

統合サポート会社の中では、サービスのメニュー化に取り組む企業が増えています。

 テンプレート(ひな型)に基づいたサービスのメニュー化は必須です。私たちは統合サポートサービスを提供しているので、その内容をしっかり決めておかないとお客様との誤解が生じかねません。

 かつてハード保守が中心だったときは、そもそもテンプレートなど不要でした。どれを保守するかが明確なので、互いに誤解が生じる余地はありません。しかし「ワンストップ」とか「統合サービス」といった場合は、その範囲と内容を固めておかないと大変なことになりかねない。

 例えば私が「この部屋をサポートします」と言ったとしましょう。部屋の中にはテーブルがあり椅子があり、絨毯やらソファーもある。翌日、お客様の都合でファクシミリが入るかもしれませんし、部屋の模様替えが行われるかもしれない。単一製品の保守ではないので、環境がどんどん変化するわけです。

 すると、お客様がカバーしてくれていると思う範囲と、我々がカバーしている範囲にズレが出かねない。そのズレの部分に何か起こると、そのままトラブルに発展してしまいます。だから、ITライフサイクルサポートとかワンストップとか、言葉が美しく格好良くなるほど、実態から離れていく危険をはらんでいます。

 メニュー化は、これを避けるために不可欠なもの。メニューをお見せして、もう少し期待されていたとしたら「追加でこのくらいかかります」と言えるし、費用が一定なら「この部分を削減してこっちに回したらいかがでしょう」と提案できる。まだ全部そろってはいませんが、現在、すべてのサービスのメニュー化を急いでいるところです。

日立電子サービス 代表取締役 社長執行役員
百瀬 次生(ももせ・つぎお)氏
1945年生まれ。70年に名古屋工業大学大学院工学研究科修了後、4月に日立製作所入社。88年8月に神奈川工場超大型設計部長、12月にPC事業部長、2001年4月のデジタルメディアグループ長&CEOを経て03年6月に同社執行役ユビキタスプラットフォームグループ長&CEO。04年4月に日立電子サービス専務取締役、05年4月に取締役社長、06年4月に代表取締役社長執行役員。趣味は山歩き。

(聞き手は,宮嵜 清志=日経ソリューションビジネス編集長,取材日:2007年8月23日)