バンダイネットワークスは2007年7月25日に,携帯電話を端末とした医療・健康産業分野向けモバイル・ソリューション事業の提供を始めた。ブランド名は,「アールタイム(Rtime)」。この事業に向けて設立された医療・健康サービス会社のアール・タイムと,共同で事業を推進していく。システム設計や開発と運用をバンダイネットワークスが行い,アール・タイムは主に販売業務を担当する。

 バンダイネットワークス コンテンツ事業部 コンテンツチーム プロデューサーの増田光弘氏と,アール・タイム 代表取締役の住吉徹氏に,医療・健康産業分野へ参入した背景や,2社が共同で進めるサービスの概要などを聞いた。



バンダイネットワークスと医療分野は,一見して関連が低い気がします。新分野に進出したきっかけは?

写真1●バンダイネットワークスの増田光弘氏
写真1●バンダイネットワークスの増田光弘氏
増田氏:バンダイネットワークスというブランドを見た場合,キャラクターコンテンツビジネスを想像される方が多いことでしょう。私たちはiモードサービスが始まった当初から,キャラクターを生かしたエンターテイメント性の高い携帯電話サービスを提供し続けてきました。現在は約400万人もの会員を抱えています。

 一方で,これまでの実績をキャラクターとは別の側面から見れば,携帯電話を介してコンシューマ向けに情報配信したり,顧客とコミュニケーションを図るノウハウを蓄積してきた企業でもあります。従来からキャラクターを中心とするマーケティングビジネスを展開していましたが,新しい分野も開拓していこうとの考えからさまざまな検討を進めてきました。その中でたまたま医療関係の方と話をさせていただく機会があり,医療分野でのモバイル活用の可能性に興味を持ち始めたというのが最初のきっかけです。

 医療関係者の話を聞いてみると,医療分野では個々の病院内のネットワーク環境は充実してきているものの,病院と患者をつなぐネットワーク環境はあまり整備されていないことが明らかになってきました。私たちの感覚からすれば,大変に遅れている印象です。また,医療関係者の方々からは,医療現場のネットワーク化についてさまざまな要望をいただき,ニーズの大きさも実感しました。

 医療現場に向けて携帯電話を活用したネットワークを構築できれば,患者のケアを強化したり,患者から得る医療データの精度を上げられるのではないかと考えたのです。その後に,医療分野の専門家である住吉さんとお会いし,さらにアイデアは具体化していきました。医療関係者の方々から寄せられたさまざまな要求を,システムの“仕様”としてまとめ上げるのに大変な時間を要しましたが,約2年半かけてようやく今回のリリースに至りました。

バンダイネットワークスとアール・タイムが提携した背景は?

住吉氏:医療現場では,電子カルテすら普及率がまだ3割にも満たないと言われています。紙のカルテに患者の症状や検査データを記入して,そこから処方箋(せん)発行や保険点数を計算するコンピューターに打ち込んだり,また別な所で患者の健康管理記録が存在したりと,非効率な業務が日常的に行われているのが現状です。こうした情報をきちんと整理できれば,その情報によってそれぞれの患者への最適な治療の提供に役立ったり,新たなビジネスチャンスを生み出すような価値ある情報へと変えられるのではないかと,以前から漠然と考えていました。そして,バンダイネットワークスさんから話があった際は,自分がかねてから考えていたアイデアをきっと具現化できるに違いないと確信めいたものを感じました。

 バンダイネットワークスさんの持つ,すべての携帯電話に対して同一のコンテンツやサービスを提供できるノウハウは非常に魅力でした。医療現場から見れば,すべての患者に対して分け隔てなく情報やサービスを提供することが大切だからです。また,患者と,医療機関や医師,看護師との結びつきを強化する意味の「アドヒアランス」という概念が,医療現場では重要視されています。病気に立ち向かう患者をサポートしながら,患者が病気と一緒に前向きに暮らしていくモチベーションを高めていくために,バンダイネットワークスさんが得意とするキャラクターやエンターテイメント性が大いに活躍するだろうという期待もありました。

 ITベンダーが単体で医療分野に参入しても,医療分野の特殊性が障壁になるでしょう。逆に,医療に精通した人間が自力でシステムを構築したとしても,システムとしては独りよがりなものになりがちです。IT関連の知識を持ちコンシューマへの情報提供手法に通じたバンダイネットワークスさんと,医療分野を専門とするアール・タイムとが協力し合えば,きっと突破口が見つかるだろうとの想いがありました。

今回リリースした,アールタイム(Rtime)は医療現場でどのように活用できますか?

増田氏:アールタイムは,医療・健康産業分野における情報管理やコミュニケーションツールとしてのさまざまな活用を想定しています。例えば,新薬の開発に伴う「治験」や「臨床研究」においては,患者の来院や服薬管理,日々の症状や健康状態の記録,あるいは特定患者を対象とする調査ツールとして用いることを目的としています。また健康食品や化粧品などの製品評価や,地域住民への情報発信ツールとしての活用も期待されています。現在すでに,40ほどのプロジェクトが進行中です。

 治験におけるアールタイムの位置づけと役割を簡単に説明しましょう(図1)。治験の対象となる「被験者」は携帯電話でアールタイムを利用します。被験者をサポートするCRC(治験コーディネーター)と呼ばれるスタッフをはじめとした,治験の進行を管理するスタッフや機関は,パソコンからアールタイムにアクセスします。被験者は携帯電話からアールタイムにアクセスし,薬を飲んだ状況やその日の症状などの日誌を登録します。医師やモニター,CRCなどのスタッフには,それぞれの役割に応じたデータ閲覧制限や編集権限が設けられていて,治験が適正かつ性格に,しかもスムーズに進行できるような仕組みを提供するわけです。被験者や患者のパーソナルなツールである携帯電話を活用することで,コミュニケーションを深めながら医療現場で必要とされるデータを確実に収集できるようになります。

図1●アールタイムのシステム概要
図1●アールタイムのシステム概要
ASP方式のサービスとして提供する。治験の場合は,管理する各機関ではパソコンで,被験者は携帯電話でシステムを利用する。被験者が日誌として情報を携帯電話から入力することで,管理側にリアルタイムに進行や効果などの情報が集まる。

 このシステムの開発については,極めて厳重な情報管理やセキュリティが求められる治験にフォーカスして進めました。治験の実務管理をクリアできる最も難易度の高いシステムを作ってしまえば,それ以外のソリューションへ応用するのは容易で,さまざまな分野へ展開できると考えたからです。

新薬の誕生に欠かせない「治験」とは?
 製薬メーカーが開発した新薬を医療機関や薬局などで販売してもらうためには,厚生労働省による承認,認可を得る必要がある。そのためには,新薬を実際に同意の得られた患者(被験者)らに投与し,その安全性や有効性を実証しなければならない。このような新薬の開発を目的とした,治療の効果を検証する作業を治験と呼ぶ。

 治験に携わる医療関係者は,被験者の人権や安全性と,データの信頼性の確保などを図る目的で制定されたGCP省令(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)を遵守し,より科学的根拠に基づいた医療(EBM:Evidence Based Medicine)を目指すことが求められている。治験業務が煩雑化する中で,一方ではより正確性や効率性が問われるという幾重もの負荷が課せられた状況にある。

 このような煩雑な治験業務を円滑に行うため,CRO(医薬品開発受託機関)やSMO(治験施設支援機関)といった治験を支援するアウトソーシング会社が活躍している。CROは製薬メーカーから治験業務を請け負い,モニターと呼ばれるスタッフが医療機関をサポートしながら治験の進行管理を行う。SMOではCRC(治験コーディネーター)と呼ばれるスタッフが被験者や医師をサポートするとともに,被験者の来院・服薬や日誌の記入状況を管理し,メーカーへ提出するCRFと呼ばれる症例報告書の作成を補助する。

 治験の現場では,被験者とコミュニケーションを図りながら日々の健康状況をリアルタイムに集積や解析し,全国の医療施設を効率的にモニタリングできるソリューションが切望されているという。