【後編】Asteriskは成熟期に突入 次は使い勝手を向上させる

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オープンソースの分野でPBXソフトはあまり聞いたことがないが,開発をのきっかけを聞かせてほしい。

 私が通信業界を変革したいと考えてAsteriskを作ったと見ている方がいるかもしれないが,そういうわけではない。私が最初にビジネスを始めたとき,あまりお金がなかったために立派な電話システムを入手できなかった。

 そこでパソコンを自作したり自分でWebを構築したりするのと同じように,電話システムを自分で構築しようと思った。作ったプログラムの品質が高かったので,だんだんとこの業界で受け入れられるようになったのだ。

 大手企業で電話システムを構築している方たちは技術に詳しい。そうした方々がAsteriskを使っており,それぞれの専門性を生かしてAsteriskに貢献してくれたおかげで,高度なカスタマイズができるようになった。

 通信システムを新しく構築する際,「古いシステムにあったあの機能が欲しい」というように,以前使っていた機能を懐かしむ思いに駆られることがある。Asteriskはそうしたニーズを踏まえ,それらを追加して強化してきた。

 ルーターは1994年ごろには1台50万円もする大層なものだったが,今では小型機種なら5000円程度で買えるようになった。だからと言って企業が全社的に5000円のルーターを導入するとも思えない。つまり大規模向けの製品も,お手軽な廉価版もどちらも必要だ。PBXにも同じことが言えると思う。私は,Asteriskをローエンドとハイエンドの両面で進化させたいと考えている。

今後強化していきたい点は。

マーク・スペンサー(Mark Spencer)氏
撮影:北山 宏一

 ボイスメールやキューイングといった機能にもう少し開発の余地はあるが,“バックエンド”の機能はほぼ出そろったと言っていいだろう。つまりAsteriskは,成熟期に入っている。

 そこでこれからは,革新性とユーザー・エクスペリエンスを高めていくことが重要になってくると考えている。

 10年前の携帯電話は,電話と同じ用途で使うものだった。だが,現在は違っている。より多くの機能を備えたので,電話とは違う用途で使われている。

 PBXにおいても,こうした需要が高まってくると思う。パソコンの画面をクリックするだけで自動的に電話ができたり,アドレス帳からそのまま電話ができるような機能が求められている。

 IM(インスタント・メッセージ)のバディリストで,友人が今ネットワークを利用中なのか離席しているのかが見てすぐに分かるというような機能や,それに合わせてボイスメールを送ったりいきなり電話会議を始めるようなことも必要になってきていると思う。

 かかってきた電話をどのように転送するかも,ユーザーが自分で選べるようにしたいと考えている。例えば「自分の娘からの電話は,たとえ自分が会議中でも必ず通してほしい。また,義理の両親から電話がかかってきたときは,全部ボイスメールか留守番電話に回してほしい」とか(笑)。

ユーザー・エクスペリエンスという言葉が出てきたが,それはユーザー・インタフェースの作り込みまでAsteriskとして開発していきたいということか。

 市場が異なれば,必要としていることも異なる。Asteriskには「Asterisk GUI」というものがある。システム構築のためのGUIだ。しかしエンドユーザーの立場から見ると,ステータスはどうなっているのかとか,ボイスメールがどうなっているかなどを一目で見て分かるようなGUIが欲しくなる。この部分をもっと開発していきたいと思っている。

 これに近いイノベーションを,他社が手がけているケースがある。例えばニューヨーク大学が「ボタニコール」と呼ぶ技術を開発している。鉢植えの植物の水が不足したら鉢植えが電話をかけてきて,「水をもっとやってくれ」と言ってくれる仕組みだ。別の例としては,携帯電話を通じて駐車料金を払うことができ,いちいちそこ(料金所)まで戻らなくてもいいというシステムもある。

 このほかにもウガンダでは,電気が通っていないような場所から医者に連絡を取る仕組みを作る場面で,Asteriskを活用していると聞いている。

日本市場をどのように見ているか。

 Asteriskはすべて英語で書かれているため,ローカライズするためのパートナが必要になっている。実際,地域によって技術的なニーズは異なっている。私は昨日,オーストラリアから日本に来たが,オーストラリアは英語圏であるがAsteriskを同国の市場に合った形に直してパッケージ化している。

 日本は重要な市場で,すでに証券会社や海外メディアの日本支社,コールセンターなどの導入事例があると聞く。日本向けにローカライズできるパートナが必要だと感じている。

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米ディジウム CTO(最高技術責任者)
マーク・スペンサー(Mark Spencer)氏
アラバマ州のアーバン大学でコンピュータ・エンジニアリングを学んでいた1999年に,Linuxのサポート・サービスを提供する会社(現在の米ディジウム)を設立した。PBXを購入しようとしたが,高価だったために自作。これがのちにオープンソースIP-PBXソフトのAsteriskになる。こののち Asteriskの知名度が上がったため,業務をLinuxサポートからAsteriskにシフトさせた。2006年に,ディジウムのCTO(最高技術責任者)兼取締役会議長に就任した。30歳。

(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年5月7日)