NGNでは,地上デジタル放送をIPマルチキャストで放送する計画がある。NTTのNGNフィールド・トライアルでも実験している。本格運用が始まるまでの間,JGNで試験運用することは考えられないか。
十分に考えられる。これからは社会に実験網の存在意義を認めてもらうような取り組みをしていくべきだと思う。
大事なことは,ネットワークに大量のトラフィックを流し込んだときにどうなるかといった実験をやっていないこと。高速な通信網を整備して高品質動画を流したとしても,トラフィックが少なくてガラガラの状態なら実験になっていない。
例えば,何十万世帯がハイビジョンをIPテレビで見るときにどうなるんだということを調べていない。そのときトラフィックはどうなるのか,容量はどの程度必要なのか,ネットワークはどう設計すればよいのか,といったことを,疑似トラフィックを発生させてでも実験しておく必要がある。
ただし,そのときに「あれ,ちゃんと流れてこないじゃないか!」と言われても困る。あくまでも実験網なんだから。参加していただける方は互いのトラフィックに寛容になってほしい。
通信と放送の融合というけれど,5年後,10年後まで今のネットワーク・アーキテクチャのままで支えていけるとは思えない。どの程度の通信容量が必要になるのか,どんなアーキテクチャが望ましいのかを考えなければならない。次のJGNは,そのためにあるべきだと考えている。
JGNは税金を使って作るネットワークだから,将来の日本の通信のためになることをやっていきたい。通信と融合の初期段階の今だからこそ,実際にリアルタイムのトラフィックを流して実験することは社会的なコンセンサスを得られると思う。
将来を見据えた新しいアーキテクチャを考える際に,技術者や研究者が重視すべきポイントは何か。
撮影:山田 哲也 |
システム性能評価という概念だ。英語圏では「Performance Evaluation」という学問領域が確立しているが,日本ではまだ根付いていない。だけどネットワークを設計するときに,一番大事な考え方だ。
ネットワークは利用率がある水準に到達するまでは安定して動いているけれど,その水準を超える状況が発生すると急激に大きな負荷がかかり,ネットワーク全体の性能がばっさりと落ちてしまうという特性がある。
例えば,大規模な自然災害が発生して利用率がある水準を超えてしまい,普段の20倍の負荷がかかってきたとする。そのとき何が起こるかは検証できていない。そしてこれは,理論的に導くのが非常に難しい。トラフィック理論や待ち行列理論を用いる手法は限界が来ている。理論が追いついていないのだ。だから実際に大量のトラフィックを流して,シミュレーションしてみるしかない。
もちろん,ピークが通常時の10倍,20倍になるからといって,それに合わせてシステムを設計したらコストが膨らんでしまう。まずは通常時のトラフィックを想定して設計し,事故が起こったときには別のシステムでカバーする方が,社会インフラ全体の構築コストは安くなる。
今のネットワーク技術者が持つべき視点にはどのようなものがあるか。
レイヤー間の連携を意識することだ。下のレイヤーと上のレイヤーでプログラムを開発している人たちは,もっと互いにコラボレートして,ミスマッチが起こらないようにするべきだ。
以前,こんなことがあった。データ圧縮分野の研究で,可変ビットレートの圧縮技術の開発が盛んだったことがある。圧縮技術としては可変ビットレートに意味はあるが,ネットワークの側から見ると,ビットレートの“谷”に別のトラフィックの“山”を持ってくるという多重化の効果はそれほど得られない。となると今度は可変ビットレートを効果的に多重化する仕組みをネットワークの機能として持たせようとする。でもそれを実現しようとすると,ネットワークに負荷がかかる。結局,ネットワーク側としては,固定ビットレートを要求された方がすっきりする。
今の技術者は,レイヤーごとのスペシャリストに分かれている。光ファイバを研究している人は,少しでも容量の大きな光ファイバを作ろうとするし,ルーターを作っている人はパケット処理の高速化ばかりやっている。あるアプリケーションを利用しているときに,別のトラフィックが飛び込んできたとして,そのとき,それぞれのアプリケーションはちゃんと満足するような条件で相手に伝わるか――。これを見通したトータルなシステム・デザインを得意とする技術者は極めて少ない。
もちろん個々のレイヤーの技術を洗練させるのは絶対必要なこと。だけど,それらのレイヤーを縦に組み合わせたときに,全体としての性能がどうなるか分からないのでは立ち行かない。
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(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年4月17日)