写真 UWiN社長兼CEO中根氏(元パワードコム社長兼CEO)
写真 UWiN社長兼CEO中根氏(元パワードコム社長兼CEO)
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 中根氏は04年6月に東京電力傘下の通信事業者パワードコムの社長に就任。同社の立て直しやKDDIとの合併に注力した。ただ、合併でパワードコムを辞めて以来、表舞台から遠ざかっている。SAPドイツ本社上席副社長やSAPジャパン社長、i2テクノロジーズ・ジャパン会長兼CEOなどIT業界のトップを歴任した同氏に、その後の身のふり方とIT業界について聞いた。

(聞き手は市嶋 洋平=日経コンピュータ

今は何をされているのですか。メディアにほとんど登場していないようですが。

 企業再生のコンサルティング会社「UWiN」を立ち上げて、経営しています。企業再生のほか、M&A(企業の買収・合併)や、専門分野で経営や技術を助言する「アドバイザリ」などを手掛けています。“裏方”ということもあり、あまりメディアには出ていません。

 実はパワードコムの経営から退いた後、仕事はほとんど休んでいません。06年の1月1日に予定していたKDDIの合併は、調印はおよそ1カ月前の11月24日だった。その時点で、「中根さん、次があればもう大丈夫ですよ」と東京電力の側に言っていただいたので、次の仕事を考え始めました。

UWiNはどのような案件を手掛けているのですか。

 顧客の事は言えないが、現在は買収規模で数千億から1兆円といった案件に関わっています。

 私はパワードコムでやってきたように、“外人部隊”として日本を変えたいとの思いがあります。しかし、M&Aというと、海外では、スティール・パートナーやリップルウッドなど名の知れたプレーヤーがわんさかいます。一方で、日本ではM&Aが企業の経営者などにきちんと理解されていないのではないでしょうか。“医者”や“薬”を怖がっているようでは、本質的な問題を正すことはできません。

 現在のところスタッフは私を含めて7人。アドバイザリは意外と好評です。それぞれのスタッフが得意とする分野を担当しています。私は、ITの全般。SAPやIBMでのキャリアを生かしたERPやサプライチェーン・マネジメント(SCM)を中心に取り組んでます。また、パワードコムで一緒に仕事をしてきた塚本さん(博之同社プリンシパル、元パワードコム専務執行役員)は、通信を担当してもらっています。

IT業界に長く身を置く中根さんから、今の日本の業界をどのように見ていますか。

 日本のITベンダーの中に、真に世界に通用する会社がなくなりつつある。これを危惧しています。

 昔は日本国も通商産業省がITで米国への対抗策を打ち出していました。今はそうした意欲がなくなったように見えます。ITベンダーもそうです。昔は富士通が良くも悪くもつっぱっていた。「IBMをやっつけるぞ」と。時代の流れかもしれませんが、今では、インドや中国のベンダーの方に勢いを感じる。

 特に技術の面が気になっています。OSはマイクロソフト、データベースはオラクル、ERPはSAPに、それぞれの分野でシェアをがっちりと握られてしまいました。日本ベンダーは海外ベンダー製品の“リセラー”になってしまったようだね。

もはや、そうした海外ベンダーのIT基盤を使って、システム構築などのソリューションで勝負する時代ではないのでしょうか。

 もちろんそうですよ。でもね、海外のITベンダーと競っていかないと、本当に日本のITベンダーの足腰が弱くなってしまいますよ。

 世界のITベンダーがどう動こうとしているのか、きちんて見ていないんじゃない?例えば、IBMは長期的にみて利益が出ないと分かれば、早々と見切りを付ける。1兆円のPC事業を中国の会社に売り払うなんて、日本のITベンダーにできますか。「売上げも大きいし、利益も出ている」といって躊躇するでしょ。

 とにかく自社の技術や製品を棚卸しして、世界のITベンダーと戦っていくため、コア・コンピタンスを明確にするべきです。

 そして人材。資金力がないといい人は集まりません。マイクロソフトやオラクル、SAPを見れば、分かりますよね。

日本の学生がIT業界に昔ほど魅力を感じなくなったと言われています。

 そう。仕事が大変そうというイメージがあるのかもしれないが、それは昔も同じ。経営陣のビジョンが感じられないからではないのかな。

 この動きの早い世の中、50歳台後半や60歳台の経営者では務まりませんよ。例えば、日本のITベンダーの経営者が、英語で海外の同業トップと丁々発止でSOAを議論できますか。まず無理でしょ。できる30歳代後半や40歳台をきちんと育てて、抜擢すべきだと思うよ。

 なぜ、日本のプロ野球選手が大リーグで通用するほど技術が向上したか。これは松坂選手やイチロー選手が、大リーグを目指して、今は外人とプレーしているからですよ。そして、実際にそのスキルがあった。元巨人の王選手や長島選手もそのスキルがあったかもしれない。しかし、国内に留まっていたので、実際には分からない。やはり世界からきちんと学ぶべきだよ。

パワードコムについてお聞かせください。当初は再建策に厳しい見方もあったが成功しました。秘策はあったのですか?

 みんな“中根マジック”とか言うんだけど、ちょっと違うんだよね。基本に忠実にやっただけですよ。科学的な根拠もあった。ほとんどの企業は再建できますよ。

 東京電力側から持ち込まれた話を聞いて、「これならやれる」と思いました。設備の効率化や営業手法の見直し、人材の能力開発など、多くの改善点がありましたよ。幸いパワードコムの社内にはいい人材がいました。そして、私が「やるぞ!」というとついてきてくれたんです。

 例えば、通信サービスのメニューの整理。同社は20年間で約100ものサービスを作ってました。これを90%止めてしまいました。稼働率が低かったり、老朽化した設備を処分していく作業です。これは一般の企業で言えば在庫処分。キャッシュが浮いてきました。

 そして、パワードコムの営業部隊にプロの手法を根付かせ“市民権”を与えました。それまでは一度顧客になってもらうと、再度訪問することはありませんでした。もったいない。新たに売り込むコストが低い、宝の山の顧客チャネルを放っておいたんです。

 もちろん、親会社の東京電力が資金面の増資で支援してくれなかったら再建できなかったかもしれない。これは大きかったね。でも、ふたをあけてみれば、900億円の増資に対して、借金を1400億円減らしました。増資以上の効果を上げることができました。

 これらが自分にとってすべて大きな自信になりました。

現在のKDDIは携帯電話のauが注目され、パワードコム色がなくなったようです。そもそも合併は両者にとって成功だったのでしょうか。

 そう見える?(笑)。でもね、違うんだよね。

 今、企業の拠点をつなぐネットワーク・サービスで広域イーサネットが主流になりつつあるでしょ。この分野で、パワードコムは圧倒的に強かった。NTTグループよりもね。KDDIは、それを手に入れることができたんだよ。企業に逃げられたら、その先のソリューションは提供できませんよ。その上、光ファイバも持つインフラ会社の東京電力とも手を組むことができた。これが大きい。

 パワードコムにとってはどうか。NTTグループという巨大な相手は、年間売上げが10兆円規模。2000億円規模のパワードコムではとても無理です。だから合併を選びました。

 でも、KDDIも伸びたとは言え、3兆円規模。対等に戦っていくには、携帯電話だけでは成り立ちませんよ。向こうは、NTT東西にNTTコミュニケーションズなどの固定系もがっちりと抑えています。旧来電話の音声収益は減っているでしょうが、次の固定データ通信の時代に向けた構造改革をきちんとやってます。そもそも携帯電話のサービスを提供するにも、基地局やアンテナまでの固定回線が必要です。

今後も、事業会社の経営に携わることはありますか。

 規模が大きいM&Aの案件を手掛け、パワードコムのようにもう一度自分で事業会社の社長をやってみたいという思いはあります。

 以前は、早い段階で引退しようと思っていました。道楽の自動車や射撃、ゴルフやグルメ三昧で過ごそうかと考えていた。しかし、今は死ぬまで仕事をしようと思ってます。日本でまだ“外人”の私を必要としている方がいるようです。