ベストセラービジネス書の著者が新市場開拓の秘けつを語る


『ブルー・オーシャン戦略』の著者である仏INSEADのW・チャン・キム教授

 ビジネス書のロングセラー『ブルー・オーシャン戦略』の共著者である仏INSEAD教授のW・チャン・キム氏が来日し、4月23日、日経情報ストラテジーの取材に応じた。日本語版の『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』(W・チャン・キム、レネ・モボルニュ共著、有賀裕子訳、2005年6月発行、ランダムハウス講談社)は既に約10万部を売り上げている。翻訳書が全世界の37言語、100カ国以上で刊行されており、経営学の古典であるマイケル・ポーター氏の『競争の戦略』(これまでに約20言語で刊行)を上回る勢いであるという。

 ブルー・オーシャン戦略(Blue Ocean Strategy)では、価格や機能などで血みどろの競争が繰り広げられる既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海)」とする一方で、競争自体を無意味にする未開拓の新市場を「ブルー・オーシャン(青い海)」と呼ぶ。キム氏は、新市場創造のために、製品・サービスの価値を「取り除く」「減らす」「増やす」「付け加える」ことによって再定義すべきだと説く。こうすれば、コストを抑えながら買い手にとっての価値を大幅に高められるという。これを図式化するための「戦略キャンバス」などの分析ツールも提示している。

 キム氏は、「日本企業でも、任天堂などが既にブルー・オーシャン戦略を実践している。国内市場が成熟してレッド・オーシャンにいるケースが多い日本企業にこそ、発想の転換が必要だ」と話す。

簡素な操作性でレッド・オーシャンから脱却

ブルー・オーシャン戦略は、韓国のサムスングループや、マレーシア政府などが採用していることが知られている。日本企業での採用事例として注目している企業はあるか。

 任天堂が、新型ゲーム機「Wii(ウィー)」の企画・開発に当たってブルー・オーシャン戦略を適用したのは興味深い事例だと考えている。任天堂は、社内でチームを作り、私の本を読んで、自分たちで解釈して実践してくれたようだ。私は理論家として、このことをとても誇りに思う。(任天堂の事例も含めた詳細は、http://www.blueoceanstrategy.com/=英文=を参照)

 Wiiは「非顧客」を顧客化した典型的な事例だ。これまでゲームであまり遊ばなかった小さい子どもや大人にも満足してもらえるゲームを出すことで、ブルー・オーシャン(新市場)を開拓した。

 任天堂も(Wiiの前世代の)「ゲームキューブ」を発売したときは、ソニーやマイクロソフトとの激しい競争の中で、レッド・オーシャンにおぼれそうになっていた。任天堂を含むどの企業も、ゲーム機の主要な顧客を10代後半だと考え、この層を満足させるために、画像処理の性能など機能面で競争してきた。

 任天堂は、「なぜもっとほかの層にゲームで遊んでもらえないのか」と自らを問い直した。複雑になりすぎたゲームではなく、もっと簡単で操作を覚えやすいゲームを作れないかと考えた。そこで、「Wiiリモコン」を開発。ゴルフやテニスなどの手の「動き」という新しい要素を「付け加える」ことで、新たな市場を創出した。

 こうした発想の転換だけではなく、低コストと差異化を両立した点も重要だ。Wiiは必ずしも高性能にこだわらず、機能を「減らす」「取り除く」ことに徹している。顧客にとって使いやすくなるうえに、製造原価も抑えられる。任天堂はWiiのゲーム機本体の販売だけでも利益を出せるようだ。ソニーやマイクロソフトの最新鋭ゲーム機はコストが高く、経営資源を浪費している。ゲーム機の販売では利益を出せず、ソフトの利益に依存しているのが実情だ。

任天堂は今後も勝ち続けるのか。

 そうとは限らない。任天堂は、まだ真のブルー・オーシャンの企業になったわけではない。組織にブルー・オーシャン戦略が根付き、常に現状とあるべき姿のギャップを見極めながら新市場を探索し続けなければ、「競争のワナ」にはまってしまい、すぐにレッド・オーシャンに戻ってしまう。

 Wiiも今は成功しているが、必ず類似の製品を出す競争者が現れる。今は成功していても、将来も成功し続けられる保証はない。ソニーなども機会をうかがっているはずだ。まだまだ「ゲームオーバー」とは言えない状況だ。

ブルー・オーシャン戦略に沿った新規事業・新製品を出そうとしても、現実には、社内や取引先の抵抗に遭うケースも多い。

 企業のトップは、新規事業が既存事業の食い合いを過度に気にする傾向がある。トップがブルー・オーシャン戦略の推進について強い意志を持っている場合を除いて、いきなり組織全体に適用しようとは考えないほうがいい。ブルー・オーシャン戦略は、大企業か中小企業か、組織の一部か全部かを問わずに柔軟に適用できるものだ。

 まず、特定の製品・サービスだけでも、「戦略キャンバス」などのツールを用いて、現状とあるべき姿を見直してみるとよい。「百聞は一見にしかず」なので、最初の取り組みが成功すれば、社内の他部署にも展開しやすくなる。