海野惠一氏は,1972年にアーサーアンダーセン(現・アクセンチュア)に入社し,32年間の在籍期間のうち,20年以上をSAP導入に費やしてきた辣腕の経営コンサルタントである。2001年にアクセンチュアの代表取締役に就任,2003年に退任し,その翌年には,スウィングバイ2020を設立した。それから2年,「ERP導入に多額の資金と時間を費やす現状を変えたい」と,2007年1月にOBCと合弁で新会社BOS(Business Oriented Solution)を設立した。「日本のERPに革命を起こす」と豪語する同氏に,2回にわたって新会社の戦略や情報システム投資のあり方などについて聞いた。

(聞き手は高木邦子=ITpro



日本企業のERP導入にはどのような問題があると思うか。


スウィングバイ2020 代表取締役社長
BOS 取締役 海野惠一氏
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 アクセンチュア時代にSAP導入を20年間手がけてきた。SAPは,会社の業務改革を実行するのに適したERPパッケージだが,ドイツの製品であるため,日本特有の会計処理には対応していない。月次決算の機能もなければ,債権・債務の消し込みや,手形消し込みの機能もない。グローバルスタンダードとはいっても,そのままでは日本の商慣習の中では使えないソフトだ。このため導入時には膨大なアドオン開発や修正が発生してしまう。結果として,100億~200億円の導入費用をお客様からいただいてきた。

 しかし「何かおかしい」とずっと思っていた。パッケージの導入は,会社に「既製服」を着せるようなもの。既製服では合わない相手にも,無理やり着せているようなところがある。導入する会社も,SAPという既製服が身の丈に合っていないのに,そこを曲げて入れてしまう。「業務を標準化する」と言えば聞こえはいいが,日本の商慣習の優れた部分まで,ドイツ方式に変えるようなことをずっとやってきた。

 そのことが,アクセンチュアをやめる時も心残りだった。もっと日本の商慣習に合ったERPパッケージはないかと探していたとき,目に留まったのがOBCの「勘定奉行」だ。日本企業40数万社に導入され,過去に発生した修正点や付加機能を製品の中にすべて取り込んできた。日本の商習慣のすべてを網羅しているパッケージと言っていい。

OBCと合弁で,ERP導入コンサルティングの新会社BOSを設立した狙いは何か。

 「勘定奉行」のターゲットは従業員1000人以下の企業で,私がアクセンチュアで担当してきた年商数兆円の大企業とは規模が異なる。しかし,今後ERP市場の主要ターゲットとなる年商200億円以上の中堅大手の会社でも十分使えると思った。そこで「勘定奉行」をこの市場に販売していくことを目的に,合弁会社のBOSを設立した。

 まず,ソフトウェアの名称を「勘定奉行」から「ERPガイア」に変えた。「勘定奉行」のままだと,どうしても中小企業向けというイメージがあるからだ。

 ERPガイアの販売戦略は大きく分けて2つある。1つは,SAP導入を検討している企業に,ERPガイアを使って,アドオン開発の時間と費用を削減する方法を提案すること。もう1つは,予算などの理由で,SAP導入には至らない企業に,ERPガイアをそのまま導入するやり方だ。

なぜERPガイアを使うと,SAP導入のアドオン開発の期間とコストを減らせるのか。

 ERPガイアは,会計,人事給与,販売管理,生産管理,プロジェクト管理の5つの製品カテゴリに分かれ,これらはさらに26の機能モジュールに分かれる。ポイントは,モジュール単位の販売を行うことにある。ユーザー企業は,例えば「ERPガイア会計」の債権債務管理モジュールと外貨管理モジュールだけを購入し,インタフェース部分を多少カスタマイズするだけで,SAPにアドオンできる。

 要するにOBCの「勘定奉行」の機能をソフトウェア・コンポーネントに分解して,ユーザーのニーズに合わせて提供するというのが,ERPガイアのコンセプト。これは今流行の言葉で言えば,SOA的な開発手法だ。SAPや日立,富士通,NECなどが持っている会計パッケージと連携することで,コーディングなしで会計システムが出来てしまう。

ERP導入には時間がかかるという常識を変えるべきだと。

 ERPガイアのキー・メッセージは,「簡単に使える」ことではなく,「60日で導入できる」ことだ。これはまさに“革命”と言っていい。

 私の考えでは,2年もかけて会計システムを導入すること自体がおかしい。ドイツのように無修正で,60日で入れるべきだ。「60日でERPパッケージを入れること」が,そのまま会社の改革につながる。それができなかったことが,アクセンチュアを早期退職したときの唯一の心残りだった。

 アクセンチュアでERPを導入するときは,最初にBPR(業務プロセスの見直し)をやって,ユーザー要件定義,プロトタイプ,FIT&GAP分析と進めていく。だがERPガイアではこのプロセスをやめる。最初からERPガイアの最終的なイメージしか見せない。

 SAPプロトタイプとERPガイアの画面を見ながらユーザーが機能を確認し,パッケージの機能と実際の業務をつき合わせてみる。本社から営業現場や生産現場に至るまで,全部インタビューを終えるのに大体3週間。本番データベースのコンバージョンとテストを含めて,60日で本番稼働というシナリオだ。

 なぜ,60日で導入できるのか。それは,あらかじめリストアップした300の業務項目について,必要か必要でないかをその場でお客様に判断してもらうから。仮に,「パッケージにないけど欲しい」という項目が50個出てきたとする。「50項目のうち30項目はなくてもどうにかなるけど,業務が特殊なので20項目だけはどうしても必要です」「その分は開発工数がかかりますよ」「かまいません」──こうした具合に迅速な意思決定をしていく。そうすれば短期間で本番稼働まで持っていける。

 もちろん,特殊な業種では機能の追加・修正が必要になる場合がある。それでも従来なら2年かかっていたところが,最長でも1年でカットオーバーできるはずだ。

 こういうことを,私はアクセンチュアにいた頃からずっとやりたかった。だから2003年に代表取締役を退任した後,2年半の間じっくりと考えた末,ついに「これだ」と思えるソフトに出会い,試行錯誤の末に集大成として作り上げたのがERPガイアだ。(後編に続く)

次回は,情報システム投資のやり方の問題点,アウトソーシングの活用法,情報システム部門の役割について海野氏に聞く。