評者はユーザー企業のIT部門で、多くのシステム開発プロジェクトの企画/管理に携わってきた。その中で様々なウォーターフォールプロジェクトを経験し、その困難さを痛感。2000年代初頭にアジャイル開発プロセスの採用に踏み切った。ウォーターフォールの問題を解決できる有力な手法の一つがアジャイルであると考えている。

 しかしこの素晴らしいシステム管理手法も、日本では極めてマイナーな立場に追いやられている。これは、システム開発に関わる人々のアジャイルに対する知識不足が原因だ。もし、アジャイルが現在の課題を解決する可能性が高いのであれば、検討すればよいはずだ。そのような試みには理論書よりも、本書のような実践的なガイドブックが必要である。

 本書は、アジャイルを採用する上でのノウハウやプラクティスを紹介。開発プロジェクトの具体的な進め方、チーム作り、コミュニケーション、進捗評価、リリース計画、バージョン管理、テスト自動化、工数見積もりなど、システム開発に必要な事項のほとんどをカバーする。実際の開発プロジェクトで試行を重ねてきた経緯や内容を惜しみなく公開しており、システム開発プロジェクトで苦労した経験を持つ人は親近感を持って読めるはずだ。例えば、プロジェクト管理の要であるカンバンボードの実写真に詳細な解説を加えているが、著者のスキルを全て開示しているのではないかと思えるほど、貴重な情報が掲載されている。

 本書を読んだ人は、この手法が、「数百人規模の超大規模プロジェクトにスケールできるのか」「プロジェクトメンバーが一同に集まることなく、各地に分散したチームにも適用できるのか」「SIベンダーに開発を委託するケースにも対応可能なのか」といった疑問が湧くだろう。それらに対する直接の解は本書に記述されていないが、解決へのヒントは多く散りばめられている。国内IT関係者の多くが本書に触れ、前述の疑問に対する解決策を考え、試行し、より良いシステム開発の現場を築くための知恵や協力関係を創り出していくことを望む。

 評者 甲元 宏明(こうもと・ひろあき)
大手製造業でシステム開発やIT戦略立案に携わり、2007年アイ・ティ・アール入社。シニア・アナリストとしてユーザー企業やITベンダーの戦略立案を指南する。


リーン開発の現場
ヘンリック・クニバーグ 著
角谷 信太郎/市谷 聡啓/藤原 大 訳
オーム社発行
2520円