ついに、米マイクロソフトのCEO(最高経営責任者)が交代した。3代目は、同社クラウドおよびエンタープライズ部門の責任者だったサティア・ナデラ氏だ。同社設立者兼会長のビル・ゲイツ(Bill Gates)氏は会長職を退き、技術アドバイザーに就く。新CEOの下、マイクロソフトはかつての輝きを取り戻せるのか、大いに注目される。そこで日経コンピュータでは、その行方を占う緊急連載を企画した。

 初代CEOのビル・ゲイツ氏が第一線を退いた2008年、同社は「ソフト」から「サービス」の時代が来ると予測し、事業内容の転換を図った。その予測は正しかったものの、スティーブ・バルマーCEOの時代、サービス、すなわち、クラウドの分野を攻め切れなかった。それが、同社が停滞した原因の一つだ。クラウド事業の責任者だったナデラ氏が、この分野を攻めていくことになる。 

 果たして、「バルマー後」の世界を、ナデラ氏は攻め切れるのだろうか。そのヒントになるが、「ゲイツ後」の世界の状況だ。ゲイツ氏からバルマー氏へバトンが渡されたとき、同社や業界の状況はどうだったのか。それを知ることが、今後を占うヒントになるはずだ。

 そこで緊急連載の第1回となる今回は、「ゲイツ後」の世界を展望した、日経コンピュータの過去記事を再構成してお送りする。2008年と少々古い記事ではあるが、ぜひご一読いただきたい(以下の記事は、日経コンピュータ 2008年6月15日号の特集「さらば ビル・ゲイツ」を基に再構成した)。


 1976年2月、米国のコンピュータ雑誌に1通の投書が掲載された。投書の主はマイクロソフトを創業したばかりのビル・ゲイツ氏。「ホビイストへの手紙」と題して、自らが開発したBASIC処理系の不正コピーを糾弾した。

 「ほとんどのホビイストは私のソフトを盗んでいる。ハードにはカネを払うのに、ソフトを作った者への対価はだれが払うのか」。

 今では全世界で27兆円規模に成長したソフトウエア産業はここから始まった。1970年代には米IBMがメインフレーム用ソフトの「アンバンドリング(分離販売)」を推進。ソフトに料金を支払う習慣が完全に定着した。

 それから30年。ゲイツ氏が経営の一線から退くのと時を同じくして、ソフトの“価値”が揺らいでいる。インターネット経由でソフトを貸し出す「SaaS」の台頭がきっかけとなった。

 ソフトを購入するのではなく、必要なときにサービスとして借りる。そして料金は使った分だけ支払う。こうした時代が、すぐそこまで来ている。

 「ソフトは“売り物”ではなく、サービスを届ける“手段”にすぎなくなる」。米ガートナーでサービス関連リサーチを担当するリチャード・マトゥラス副社長は予測する。ソフトやハードからサービスだけを分離する「サービスのアンバンドリング」がもうすぐ起こる(図1)。

図1●ポスト ゲイツ時代は「サービスのアンバンドリング」時代でもある
SaaSやクラウドコンピューティングによって、ユーザーは本来必要とする機能やデータだけを調達・利用できる
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大企業にも浸透

 ソフトからサービスへの転換はすでに始まっている。

 米ウォルト・ディズニーは昨年、グループの映画会社ピクサー・アニメーション・スタジオが利用するグループウエアをリプレースした。10年間使ってきたマイクロソフトの「Exchange」に換えて、グーグルの統合アプリケーションサービス「Google Apps」を導入した。

 大日本印刷は夏にも、日本IBMのグループウエア「ノーツ/ドミノ」の電子メールの利用を止める。約2万5000人が米ジンブラのSaaS型グループウエア「Zimbra Collaboration Suite」に乗り換える。「Webブラウザを起点に社内外のシステムやサービスを連携できる点を評価した」(情報システム本部の吉田幸司氏)。

 従量課金が主流で初期投資を抑えやすいSaaSは中小企業に向くとされる。だが、IDCジャパンの赤城知子ソフトウエア担当グループマネージャーは「現時点でSaaSに積極的なのは中小企業よりも大企業」とみる。今年3月に実施した調査では従業員1000人以上の企業におけるSaaSの利用率は財務/人事、販売、グループウエア、オフィスソフトの各分野で軒並み10%を超えたという。1000人未満の企業は多くの分野で5~6%にとどまった。

 「日本郵政ショック」。昨年10月に発足した日本郵政グループは米セールスフォース・ドットコムのCRM(顧客情報管理)を4万人規模で導入。それ以降、国内の大手企業にとってSaaSはシステム開発の有力な選択肢になった。

 IDCジャパンによると国内SaaS市場は年率18.2%成長を続け、2012年には738億円規模になる見通し(図2)。IT投資全体の伸び率1.8%、パッケージソフトの伸び率4.4%をはるかに上回る高い伸びを示す。

図2●国内SaaS市場の見通し
図2●国内SaaS市場の見通し
IT投資全体の伸び率が1.8%であるのに対して、18.2%と高い伸び率を示すとみられる