シリコンバレーは、本書の副題となっているスティーブ・ジョブズ氏が創業したアップルをはじめ、数多くの企業を生み出す地として「一人勝ち」ともいえる地位を築いている。世界中から起業家精神を持った優秀な人材を引き付け、アイデアと資金をマッチングさせるシリコンバレーとはどのような場所なのか。
 500ページ超にわたる本書は、著者の実地取材と豊富な文献調査に基づいており、大きく2部構成になっている。

 第1部は著者自身の現地ドライブの記録からなる「地理編」である。シリコンバレーを訪れたことがある人なら、なじみの道路や街(「エル・カミノ・リアル」や「レッドウッドシティ」など)の名前が登場し、それらの由来や背景などが紹介され、改めてその地理を深く理解できる。一度も彼の地に足を踏み入れたことのない読者はGoogleマップなどを併用し、「バーチャルツアー」を試みることで、その雰囲気を垣間見ることができるだろう。

 第2部は「歴史編」である。シリコンバレーとは切っても切り離せない関係のスタンフォード大学や、「ガレージ発祥」が有名なヒューレット・パッカード(HP)が生まれるまでの物語を始め、シリコンバレーの語源にもなった半導体メーカー、例えばショックレー半導体研究所やインテルの発展の歴史が詳細な事実を基に語られる。そこに登場する様々な人物像とともに、現在のシリコンバレーがどのような経緯で形成されたかが時系列で理解できる。

 起業家精神に乏しいとされる日本の企業にとって、世界を代表する起業家の「揺りかご」がどのような経緯で成立したのか、その地理や歴史を学ぶことは企業や社会の環境を考える上で参考になる。エスタブリッシュメントたる東海岸からすると「辺境」とされた西海岸が、ベンチャーを育てる地に進化したメカニズムに学べるところは大きい。西のシリコンバレーと、かつてハイテク企業がひしめいていた東の「ボストン・ルート128」との比較を描いた「現代の二都物語」(アナリー・サクセニアン著、講談社)を併読することで、その文化の違いも考察できる。

 評者 細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント。組織、業務プロセス、ICTや製品開発などのコンサルティング経験を経て現在は思考力や組織論などの著作や研修・講演活動に従事する。
シリコンバレー


シリコンバレー
脇 英世 著
東京電機大学出版局発行
2625円(税込)