日立製作所がIT事業の本社機能の一部を米国に移す。中西宏明社長は1年以上前から「IT事業にとって日本は主戦場でないので、そのコントロールタワー(司令塔)が日本にある必要はない」と話しており、いよいよ実行に向け動き出す。

 米国に移るのは、クラウドなどITプラットフォームの戦略立案を担う部隊の一部だ。日立はコンサルティングから入って顧客の課題を分析し、クラウドをベースにしたソリューションを提供することを、今後のIT事業の柱に据える。2013年1月には米国日立コンサルティングが、欧米で社会インフラ分野での業務コンサルを手掛ける英セレラントコンサルティングを買収している。今回の司令塔の移転により、重要性の高い事業のグローバル戦略を米国で立案する体制を強化する。

米国がITの「コマンディングハイツ」

 ITにおける最新トレンドの大半が米国発である現状を考えると、司令塔移転は合理的な判断だ。実は同様の動きが、ユーザー企業にもある。ネット証券大手のマネックスグループは、同業の米トレードステーションの買収を機に、基幹システムの企画・開発機能の主力を米国に移した。IT活用の新領域でも同様。日産自動車はクルマのIT化を推進する研究拠点をシリコンバレーに置く。

 マネックスの松本大会長兼社長は、米国を「コマンディングハイツ(管制高地)」と呼ぶ。本来の意味は軍隊の指揮官が陣取る丘のことで、戦場でそこを取れば戦い全体を俯瞰でき、適切な指令を出せる。米国はITのコマンディングハイツであり、そこに司令塔を置くことが重要というわけだ。「日本は穴の底のようなもの。やはり丘の上に立って風を感じてみないと本当のダイナミズムは分からない」と松本会長兼社長は言い切る。

 ITベンダーもユーザー企業も国内市場を相手にしていた頃なら、米国の著名なIT活用事例を外から眺めて、日本でのシステムづくりの参考にしていればよかった。しかし今や日本企業はグローバルで戦わなくてはならず、そのためにはITの戦略的取り組みも不可欠だ。従って米国に自ら赴き、その地でIT関連の企画能力を磨き指揮を執る動きは、今後とも多数出てくるだろう。

 だが日本のIT力はどうなるのか。実は、心配は無用だ。例えば、新たなコマンディングハイツとなったオランダの事例が参考になる。オランダは「農業IT」で米国の先を行く。農業に関するオランダの優れたノウハウを組み込んだ植物工場向けのシステムは、世界を席巻している。農業の競争力強化が課題の日本にとっても、今やオランダがお手本。農業ITの風はオランダから吹いている。

 同じことは日本でもできる。鉄道などの社会インフラや製造業などの強みを生かしたり、“課題先進国”として課題を解決したりする仕組みをITで作り出し、輸出する。それにより日本はIT活用のコマンディングハイツの一つになれる。中西社長は以前、IT事業全体の司令塔を米国に移すとしていたが、実際は一部にとどめる。理由を聞くと「グローバル展開での日本の戦略性が高まったから」との答えが返ってきた。