「大規模開発の指南書」「実践報告を収録」といった惹句が帯に出ている。これらは企業情報システムの関係者がアジャイル開発について最も知りたい点であろう。著者4人は日立ソリューションズのエンジニア、実例は関西電力の社内業務システム再構築である。この再構築はアジャイル開発が関西電力で使えるか否かを研究する目的で実施されたが、長年使ってきたシステムに適用したわけで一部の情報が伏せられているものの貴重な実例公開と言える。

 解説編と実践編に分かれる本書を読むにあたっては実践編の第5章と第7章から読むことをお勧めする。関西電力がウォーターフォール型の開発プロセスを踏襲しつつ詳細設計とプログラミングの工程で実装とレビューを繰り返す「ハイブリッドアジャイル」を適用したことが分かる。アジャイル開発の「プラクティス」としてペアプログラミングやテスト駆動開発、リファクタリング、常時結合、回帰テスト自動化などを採用、それらへの評価が第8章にまとめられている。プロジェクトの進捗や品質をどう管理したかについては第6章に説明がある。以上の実例を読む際に分からない事項が出てきたら前半の解説編を参照するとよい。

 著者は想定読者を「(アジャイル開発の適用は)企業の基幹システム開発には無理」と考えている人、ないしは「上司にメリットを説明しきれずに悩んでいる」人としており、「本書の目指すゴールは開発のプロセス改善」でありアジャイル開発は手段にすぎないと繰り返し述べている。当てはまる方は上司や同僚と共に本書を読んで「我々の開発プロセスを改善するために使えるプラクティスはあるか」「管理体制をどう整備すべきか」「ハイブリッドがいいのか本来のアジャイルがいいのか」などと議論してはどうだろうか。可能なら関電のように研究プロジェクトを実践し結果を発表してもらえると企業情報システムにおけるアジャイル開発の知見をさらに多くの関係者が共有できる。

 再構築した既存システムは長期間使われた結果、開発当時の設計思想や仕様書はほとんど存在せず、関電はマニュアルおよび実機による動作確認をして設計書を作成したという。同様の状態に悩む企業が多いため、こうした要件定義と基本設計についても説明があればさらに良かったと思う。

ハイブリッドアジャイルの実践


ハイブリッドアジャイルの実践
英 繁雄/奈加 健次/平岡 嗣晃/前川 祐介 著
長瀬 嘉秀 監修
関西電力 協力
リックテレコム発行
2730円(税込)