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 最近話題の「ビッグデータ」の文脈においては、データを加工せずに蓄積しておき、統計を駆使してそこから有意なパターンなどを見いだすという活用プロセスを前提とした議論が多い。しかし経営管理のために複数の部門、複数の拠点のデータを活用するケースでは、定義が標準化されたデータ項目(商品コード、顧客の属性情報など)をキーとして、データ間で横串を通せるようにしておく必要がある。「どこの拠点でどんな市場セグメントに向けた販売が増減しているのか」などの比較検討を行うためだ。

 今後、グローバル経営が当たり前になっていくなかで、分析の柔軟性を高めるために、組み合わせやすい状態でデータを管理する仕組みがますます重要となっていく。例えば、顧客の属性情報として「年齢層」を考えてみると、「27歳」「20~29歳」「F1層」など様々な表現があり得るが、データごとにこのように表現がばらばらであることはひも付けの妨げとなる。「25~29歳」などに表現方法や分類の粒度などを横断的に標準化しておかなければならない。実際、顧客情報を取り扱うデータサイエンティストからも「分析だけでなくデータのクレンジング(データの品質を高める作業)も重要な仕事の一部だ」との声を聞くことがある。

 本書はそのようなデータ仕様の標準化と、「データのかすがい」となるマスターデータの整備を目標とするプロジェクトの立ち上げ方、注意点などを解説したもの。第1章では、「役立つデータとは何か」「データを活用できる企業/できない企業の姿はどのようなものか」を示している。第2章では、味の素、アシックス、花王の3社の取り組み状況をロングインタビューを通じて描き出す。

 第3章では「企画/構想策定/システム導入/維持管理」の4フェーズ別に、マスターデータ管理体制を築くプロジェクトの注意点や作業を解説。第4章では、マスターデータ管理が、これから先の10年、どのように企業競争力の強化に結びついていくのかを筆者の予想として提示する。

 本書を通して読むと、マスターデータ管理の「在るべき姿」を構想するという作業は、決して易しくはない。例えば、「どんな粒度のデータを全社で集計可能にする必要があるのか」などの要件を固めていくには、各部門・各階層における情報活用ニーズ(分析ニーズ)の把握が欠かせない。また、複数の部門間で業務用語を統一するなどの調整も必要となる。このように各社の事情によって、マスターデータの姿は異なるのであり、「他社の成功事例をそっくりまねれば出来上がると考えてはいけない」と筆者は釘を刺す。

 そうした難しさや個別の事情を含んだものであるからこそ「経営管理の本質はマスターデータにある」というわけだ。本書は汎用的なマスターデータの姿や定義例を提示するわけではないが、個々の企業の身の丈に合った落としどころを探る検討手順や方法を解説し、落とし穴にはまる間違った考え方を警告として示す。匿名企業の失敗事例も幾つか紹介しており、読者に主体的かつ真剣な取り組みを訴えかける。

 後半では架空企業のプロジェクトを小説風に語ることで、情報技術に詳しいわけではない経営企画部門や経営層にもマスターデータ管理の意義を理解してもらおうと工夫している。一通り読み終えたとき、「マスターデータ管理を支える人材はユーザー企業が非常に重視すべき人材となる」という筆者の提言が、説得力をもって伝わってくるのではないだろうか。

「データ経営」を実現するIT戦略~経営管理の本質はマスターデータにある


「データ経営」を実現するIT戦略~経営管理の本質はマスターデータにある
國本 修司 著
日経BP社発行
2940円(税込)