2020年のオリンピック開催に向け、施設整備やインフラ改修の計画が進んでいる。「また工事か」と思いつつも、東京がどんな都市に生まれ変わるのか楽しみだ。前回東京五輪の時は中学生だったが、街がみるみる変わっていく様子は今でも強く印象に残っている。新たなグランドデザイン、すなわち都市計画を実現していくプロセスは、ITの専門家としても非常に興味深い。

 ITの世界で都市計画に当たるものが、エンタープライズ・アーキテクチャー(EA)である。全社のシステムを俯瞰し、インフラやプロセス、データ、アプリの「あるべき姿」を定義し、それに向かって具体的な施策を推進していく手法だ。ソニーのCIO時代、本腰を入れて取り組んだ改革戦略の一つだ。

 都市計画と言っても、更地にゼロからデザインできるという例は稀だろう。街の始まりは自然発生的なものだ。水辺の近くに住居ができ、集落となり、道ができる。しかしそのうち住民にとって不便な構造になり、街の発展が行き詰まる。そこに、都市全体のあるべき姿を設計する必要性が生まれてくる。

 もちろん始めに全体像を構想できるに越したことはないが、途中から作っても十分意義がある。道路の幅や建物の高さなどを規定しておけば、住民やビルオーナーが自分の好きなように新改築することを防げる。全体が変わるには一定の時間を要するとはいえ、少しずつあるべき姿に近づいていく。

 EAにも同じことがいえる。振り返ってみると、システムはそもそも利用部門の個別のニーズに応えるという形で作られてきた。会計・財務しかり、人事しかり、個別の業務システムしかりだ。最初はそれぞれの業務の効率的によってそれなりのメリットがあったが、全体としてのさらなる効率化を追求した結果、それらのシステムを密に連携していく必要性がでてきた。その結果としていわゆるスパゲッティー状態に陥ってしまうという共通の問題を引き起こした。1990年代以降、多くの企業のIT部門は最重要テーマとしてそうした問題の解決に取り組まざるを得なかった。インテグレーションの時代の到来だ。

その場しのぎの「リアクト」から脱出する

 一方で、新たな業務ニーズに応えて新システムの開発もしていかなくてはいならない。利用部門のリクエストに都度応える、つまり「リアクト」するばかりでは、全体の整合性が図れるはずはないし、また新たなスパゲッティー状態を作り出してしまうことになってしまうことにもなる。アーキテクチャー無きシステム構築の限界だ。

 こういった状況に陥らないために、全体設計図が必要となる。将来の姿を示して、「だから今はこうしたい」とIT部門側から提案する。そのよりどころになるのがシステムの都市計画であるEAなのだ。

従って、EAはIT部門のみならず、全社で共有すべきシステムの将来像とその実現のための道筋を描いたバイブルとして位置付けるべきものである。

 1990年代後半から、多くの企業がEAに取り組んできた。学んだことは、あるべき姿を記述することは比較的容易だが、実現のための具体的かつ説得力のある実行計画を作ることと、それを推進していくことは容易ではないということだ。一足飛びにあるべき姿を実現することはほぼ不可能。中長期的な計画に従い、進捗を測り、少しでも目標に近づけていく息の長い地道な努力を続けていかなくてはいけない。正直、忍耐のいる仕事だが、今のところこれに勝る手法があるとは思わない。

 こうした取り組みが、今後違う視点で生きる可能性がある。次回はそれについて説明しよう。

長谷島 眞時(はせじま・しんじ)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO
長谷島 眞時(はせじま・しんじ)1976年 ソニー入社。ブロードバンド ネットワークセンター e-システムソリューション部門の部門長を経て、2004年にCIO (最高情報責任者) 兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長 CEOに就任。ビジネス・トランスフォーメーション/ISセンター長を経て、2008年6月ソニー業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任した後、2012年2月に退任。2012年3月より現職。2012年9月号から12月号まで日経情報ストラテジーで「誰も言わないCIOの本音」を連載。