多数の発明家への取材や調査から、発明を生みだす原動力やプロセスに迫った書籍である。本書が論じる発明を「生活や社会に革新を起こす新しい仕組み」と幅広く捉えれば、ITでいかにイノベーションを生みだすかを考える上でも参考になるだろう。

 一般に、発明は自然科学を応用して全く新しい装置や技術を生み出すことを指す。意外なことに、筆者は優れた発明家は優秀な科学者である必要はなく、現象や物の仕組みの捉え方や洞察力の方が重要だと説く。

 その代表例が、一介の修理技師から発明家に転じたエルウッド・ノリスだ。もっともらしいインチキ発明を投稿する雑誌企画をきっかけに、音響に詳しいノリスは自分の得意分野で「人が見落としていた可能性」を見出すコツを会得する。既知の技術が持つ可能性に考えを集中するのだ。例えばノリスが原理を発明した超音波診断は、まず音響の知識が医療分野に使えないかを模索し、ドップラー効果の応用を着想したことで生まれた。既に海洋探査などで実績がある技術だが、視点を変えることで体内で動く臓器や血流を捉えるという新たな可能性を広げたのだ。

 筆者の事例研究によれば「必要は発明の母」という格言も多くは当てはまらない。世の中の需要から発想して、狙い通りに発明を達成した例は極めて少ない。むしろ偶然に得られた物から、それが価値があると見抜く能力である「セレンディピティ」が重要だと説く。例えば、電磁誘導の発見からグラハム・ベルが実用的な電話を発明をするまでに約 40年を要した。その間に電話に挑んだ発明家らは電信技術の応用でブレースクルーを試みたのに対し、グラハム・ベルは音を視覚化する研究から結果的に電話の原理を着想したのだ。

 本書では、このような発明を生む発想法を 11に分けて解説する。現在、企業は市場調査を基に製品開発の方針を決め、イノベーションも需要から発想する傾向が強い。偶然の産物から価値を見出すような発明家の発想は、閉塞状況の打破には必ず役立つはずだ。

 評者 村林 聡
銀行における情報システムの企画・設計・開発に一貫して従事。三和銀行、UFJ銀行を経て、現在は三菱東京UFJ銀行常務取締役コーポレートサービス長。
発明家に学ぶ発想戦略


発明家に学ぶ発想戦略
エヴァン・I・シュワルツ 著
桃井 緑美子 訳
翔泳社発行
2100円(税込)