日本のIT産業や製造業にとって、千載一遇のチャンスが訪れようとしている。というか、2013年は日本の製造業にとって「ITによるイノベーション」の元年と位置付けられるかもしれない。何の話と言うと、IT・エレクトロニクスの国際展示会「CEATEC」などで、自動車メーカーが自動運転車などITと融合した「未来のクルマ」を公開したことだ。

 こう書き出すと、読者は「えっ、何を大げさな」と呆れるかもしれないが、しばしお付き合いいただきたい。確かに、IT系の展示会への自動車メーカーの出展は象徴的意味合いにすぎない。ただ、自動車のような工業製品とITの融合では、日本の製造業は圧倒的に先行している。しかも、日本の製造業は壊滅状態に陥った家電を除けば、世界のトップ、あるいはトップレベルにある企業が多い。それゆえに千載一遇のチャンスなのである。

 今回のCEATECで展示された日産自動車の自動運転車は、電気自動車の「リーフ」がベースだ。車に取り付けられたレーザースキャナーやカメラからの情報を地図データと照合することなどで自動運転する。それに、リーフにはもともと情報システムが“標準装備”されている。多数のセンサーが組み込まれており、無線を使ってインターネットで日産のサーバーに常時接続し、故障予知などの情報サービスをドライバーに提供する。

 日産はアピール上手なので目立っているが、トヨタ自動車やホンダ、マツダ、三菱自動車など他の自動車メーカーも当然のことながら、自動運転などITによる車の機能・サービスの向上に向け研究・開発を進めている。

 さて、こうした自動運転や故障予知などの情報サービスだが、コマツや日立建機といった建設機械業界では、既に商用ベースで実現している。特に、コマツの「KOMTRAX」は、建機に取り付けたセンサーからの情報を基に故障予知などのサービスを提供しており、最も成功した製造業のIT活用事例として世界的に有名だ。またオーストラリアなどの鉱山では、コマツや日立建機の巨大なダンプトラックが自動運転で走り回っている。

 このほか産業機械やロボット、医療機器、そして鉄道車両など多くの分野で、同様のアプローチの取り組みが行われており、日本の製造業が欧米メーカーなどをリードしているケースが多い。ITを活用した手厚いサービスは顧客満足度の向上につながるし、有償サービスも可能になり、製造業のビジネスモデルの転換にもつながる。

 もちろん日本の製造業のこうした取り組みは、2013年になって突然始まったわけではない。ただ、スーパー製造業である自動車産業が車とITの融合を前面に打ち出し始めた2013年に、象徴的な意味合いを持たせてよいと思う。建機や自動車だけでなく、日本の様々な製造業がこうしたIT活用で主導権を取ることができるならば、2013年は日本の製造業のイノベーション元年として記憶されることになるだろう。

 さて、問題はここからだ。果たして、こうした工業製品とITの融合、ITによる新機能・サービスの研究・開発は、日本国内で行うべきなのだろうか。「何を言う。日本のイノベーション元年と言ったばかりじゃないか」と怒られそうだが、ITがらみの取り組みは日本で企画すると、世界の潮流から取り残され、ガラパゴス化するリスクが高い。特に重厚長大産業でありながら、顧客の大半が消費者である自動車産業にとっては、極めて高いリスクである。

 例えば自動運転車では、自動車メーカーでもないグーグルの取り組みに世界の関心が集まる。ITに関しては、やはり米国がコマンディングハイツ、つまり「戦略的要衝」なのだ。米国で発信しない限り、少なくとも消費者向けではグローバルで影響力を発揮することができない。それに、いくら差異化要因だからと言っても、ITはブラックボックス化すると、ろくなことにはならない。だから、米国でオープンイノベーションの風に吹かれたほうがよい。

 そう言えば、日本にはVICS(道路交通情報通信システム)やETC(自動料金収受システム)といった、世界に先駆けたITS(高度道路交通システム)の仕組みがある。どうやら国としてはこのITSを活用して、自動運転車などのインフラづくりを進めたい意向のようだ。ただ、プロプライエタリな仕組みに拘泥していると、iモードと同じ轍を踏む恐れがある。大成功したコマツのKOMTRAXにしても、先行したがゆえにプロプライエタリなシステムであり、それがコマツにとって大きな経営リスクとなっている。

 そんなわけで、日本の製造業も自社製品とITの融合を推し進める拠点は、米国に移したほうがよい。しがらみの無い場所で、インターネットなどのオープンなインフラを活用し、米国の先端ITベンチャーの技術も取り込んで、新機能・サービスを作り出したほうが、日本でやるよりもはるかに筋が良い。そう言えば、日産は既に自動運転車などの研究・開発のためにシリコンバレーにラボを置いている。

 日本のIT産業からは、では我々はどうすればよいのか、という声も出てきそうだ。その答えは簡単。ITと工業製品の融合に取り組む自らの拠点を米国に移せばよい。電力や交通などの社会インフラとITの融合に取り組む「社会イノベーション事業」を推進する日立製作所の中西宏明社長もかつて、「IT事業のコントロールタワーはシリコンバレーに移ったほうがよいかもしれない」と話していた。