なぜなぜ分析の体験者の中には、まるで国語の勉強のように感じた人がいるだろう。そう、なぜなぜ分析に国語力は必須だ。

 それはひとえに、分析から曖昧さを排除するため。我々には報告書などを作る際に、抽象的な言葉や短い単語、さらに熟語を多用してしまう癖が付いている。「誤入力」「品質不良」「注意不足」といった体言止めの表現はその典型だが、これでは読む人によってイメージするものが異なってしまう。おかしな「なぜ」を誘発する大きな要因になり、再発防止策が的外れになる。


 小倉仁志氏のセミナーでは「主語と述語をしっかり書く」「副詞を入れる」「逆から読み返す」といった、国語の文法の授業のような説明が続く。これらはどれも、小倉氏が20年以上の指導経験で培ったなぜなぜ分析のノウハウである。

 なぜなぜ分析で国語力が求められるのは、事象や「なぜ」を具体的に表現して曖昧さを無くし、問題を絞り込むため。絞り込めば絞り込むほど、どの部分の「なぜ」を出せばいいかが明確になり、素直に問いかけができる。再発防止策を考えるにも「ここを変えればいいなと具体策に落とし込みやすくなる。再発防止策がいつも、チェックリストの作成やダブルチェックにならずに済む」(小倉氏)。

 ところが多くの人は、解きたい問題の事象をきちんと洗い出さないまま分析に突入し、しかも無意識のうちに事象を抽象的に表現してしまう。よくあるのは「○○不十分」といった言い回しだ。なぜなぜ分析に限らず、通常の会議でもおかしな議論がまかり通るのは、始める前に事象を絞り込んでいないからだ。その証拠に報告書や議事録を見れば、曖昧な表現は山ほど見つかるだろう。

 私たちは社会人になると様々なドキュメントを書くようになるが、「短くて簡潔な表現の方が格好いいと思い込んでいる」(小倉氏)。それでいい時もあるだろうが、なぜなぜ分析では障害にしかならない。複数の意味に取れてしまう表現をすると、分析に参加するメンバーごとに違う解釈をしてしまい、議論がおかしな方向に進みかねないからだ。