某企業のシステム部長と雑談をしていたら、この部長が「感動した出来事」を披露してくれた。あるITベンダーにコンサルティングとシステム開発を依頼しようとした時の話だそうだ。やって来たコンサルタントの経営課題やシステム課題に対する分析は素晴らしく、それだけでも感銘を覚えたのに、そのコンサルタントは最後にこう言ったそうだ。

 「客観的にみて、御社の課題を解決するのに我が社の能力は十分とは言えません。システム開発は他社に依頼することをお勧め致します」。

 「いやぁ感動したね。あんな立派なコンサルタントはいないよ。なんとか開発も引き受けてくれるように頼んだけど、『できないのに引き受けては迷惑をかける』と固辞するんだ」と、この部長は心底から感じ入った様子。しかし私は、このコンサルタントの思惑が容易に推測できた。さすがに「部長さん、それは違いますよ。システム開発の商談を固辞したのは、あなたの会社がバカだからですよ」とは言えなかったが。

 逆に、ITベンダーへの怒りをあらわにするシステム部長から話を聞いたこともある。「システム開発の見積もりが信じられないくらい高いんだよ。営業は理由をいろいろと話すのだが、何度聞いても根拠がよく分からない。ぼったくろうとしているとしか思えない」と憤懣やるかたなしといった様子だった。

 この件でも、私にはITベンダーの思惑がすぐに分かった。ただ「あなたの会社がアホウだから、ITベンダーがそんな料金設定をするのです」と言うわけにもいかないので、私は黙って聞いているしかなかった。

 実は、この二つのユーザー企業の開発案件は、大した技術的チャレンジのない普通のSI案件だった。では、なぜITベンダーがこうした対応を取ったかというと、どちらの場合も危ない客だったからだ。ここで言う“危ない”とは、IT部門と事業部門の意思疎通が極めて悪いため、要件がまとまらず揺れ動き、プロジェクトの途中でも肥大化するのは必至といった意味だ。

 そんな開発案件をまともに請け負うと、自分たちが大やけどする。だから冒頭のコンサルタントは逃げる道を選んだ。コンサルティングを通じて大きな案件を掘り出す役割を担うコンサルタントには、実は裏のミッションがある。危ない客を嗅ぎ分けて、間違っても自社でその案件を受注しないようにすることだ。そんなわけだから、コンサルタントの逃げ口上に感動しているシステム部長は実におめでたい。

 一方、“不当に”高い見積もりを提示したITベンダーは保険を掛けたのだ。「料金が高い理由を聞かれても絶対に説明しないが、リスク分を反映して料金を提示した」。ITベンダーの営業担当者に言わせると、そういう理屈になる。その辺りの事情を推察することなく、ITベンダーに怒りをぶつけていたシステム部長も、やはりおめでたいと言わざるを得ない。

 本当なら、この二人の部長は感動したり怒ったりするのではなく、ITベンダーに感謝すべきだったのだ。ITベンダーの危険回避行動によって、自らもプロジェクト失敗の痛手を被らずに済むはずだったのだから。だが両社とも後に、ITベンダーを替えて無謀なプロジェクトに突っ込んだと聞く。

 この二つの話は5年ほど前の昔話だが、似たような話は今も絶えない。くれぐれも「感動するバカ」「怒るアホウ」にだけはならないようにしていただきたい。