人が財産、何をするにも人がすべて---経営者の言葉や、企業のWebサイトで、こうした文言をよく見かけます。ここで言っているのは、「今のありのまま」の人というよりはむしろ、成長する存在としての「人」のことです。

 明治・大正時代の政治家、後藤新平氏もこう述べているそうです。

「金を残すは下、仕事を残すは中、人を残すは上」

 財産よりも、仕事の成果を残すことを重視する。さらに素晴らしいのは、そういう仕事の成果を受けつぐ人そのものを育てることだ。このような意味でしょう。

 上司や先輩は、自身が成長するだけでなく、未来を担う存在である部下や後輩を育てていく責任があります。それによって、企業を支える「人」を常に高いレベルで保っていくことができるからです。これこそが、企業や組織に属する人が生涯をかけて行うべきことなのかもしれません。

自分が作ったものを委ねられる人を育てる

 40代半ばを過ぎたころから、私は自分の来し方と行く末を強く考えるようになりました。ちょうど、キャリアが折り返し地点に達したと感じた頃です。

 それまでは、多くの方に支えていただくことのほうが多かった。定年までのほうが短くなったキャリアの後半戦は、どうしていけばよいのだろう?

 こう考えていた時に、ふとこんなフレーズを思いつきました。

「自分が頑張った証は、人を育てることでしか残せない」

 ある企業の経営者と部課長が揃うセミナーで、このフレーズを紹介したところ、多くの方が深くうなずきました。参加した方から「本当にその通りです。私も自分が頑張った証を残すためにもキャリアの後半戦で、多くの部下を育てていきたいと改めて思いました」といったメッセージを後日頂きました。

 企業や組織の中で頑張った結果、素晴らしい成果を出す人は一杯います。立派な橋を架ける、大きなビルを建てる。あるいは、世界を変えるような仕組みを考えて実現する、人々の日常生活を大きく変えるシステムを作る、といったこともあるでしょう。

 しかし、最前線で活躍していた人にも、いずれ引退する時が来ます。橋やビル、システムの構築に自分が関係できない立場に置かれた後は、自分が残した人たちに委ねられます。それらをメンテナンスしたり、より良いものに発展させていったりするのは、その人たちです。

 自分が残したつもりのものを誰もメンテナンスせず、誰も発展させなければ、やがて橋やビルは朽ちはて、システムは使われなくなるでしょう。そうならないようにするには、メンテナンスや発展を担える人を育てる必要があります。技術革新があるので、自分が残した通りの姿で残るものは少ないでしょうが、未来をよくするためには過去が土台となるのです。