クラウドコンピューティングは急速に普及し、TCO(総所有コスト)の削減、事業環境の変化への対応力の向上といった効果をもたらすが、ワークスタイルやライフスタイルを変えるには、局面に応じて要素技術を付加していく必要がある。

 要素技術として、ユビキタス化を推進するモバイル、人間の知性を増幅するAR(拡張現実)、広範で多彩な情報の取得に役立つセンサーネットといった技術が挙げられる。イノベーションの創出や新たな価値創造に貢献する要素技術を加えたクラウドを当社はクラウドプラスと呼んでいる。

 クラウドプラスは実用段階を迎えている。当社のクラウドソリューションabsonne(アブソンヌ)では、クラウドにAR技術を加え、カメラで取得した現実の映像にあらかじめコンピュータ上に蓄積しておいた画像やセンサーで計測したデータなどを合成表示できる。それを適用すると、工事などの現場作業を大幅に改善する。

作業時間短縮の役割は、知的作業支援に変わる

新日鉄住金ソリューションズ 取締役 常務執行役員 宮辺 裕 氏
新日鉄住金ソリューションズ
取締役 常務執行役員
宮辺 裕 氏

 例えば、ネットワークで障害が発生した際に、クラウド上に蓄積した数々のナレッジベースを使って故障箇所と原因を究明し、障害復旧に向けた手順を特定する。作業者がカメラ付きヘッドマウントディスプレーに現場の様子を映し出すと、そこに復旧のための指示を映像に重ねて表示する。クラウドとARの融合は、今後、様々な場面で増えていくだろう。

 これまで情報システムの役割は生産性の向上に軸足を置いてきたが、これからは人の行動支援や知の創造に移っていく。そうなれば、ビジネスの創造にこれまで以上にITが大きく貢献する。新日鉄住金の製鉄プロセスにおけるITの活用事例はその好例だ。

 製鉄所では、高炉から出てくる1種類の溶けた銑鉄から、工程を分岐しながら6万種類の最終製品を生産する。高炉には、上から鉄鉱石とコークスを層状に投入し、下から千数百度の熱風を吹き込む。それにより、高炉に投入した固体の原料が熱によって還元されて液体として出てくる。固体と液体の間の固液境界層に当たる部分を融着帯と呼び、融着帯の形状や位置が重要情報になる。それを得るために高炉内の壁面には約2000に及ぶ温度センサーを取り付け、そこからの情報を情報システムに取り込んで計算処理を施し、融着帯の形状やガスの流れを操業者に知らせる仕組みを実現している。

 製鉄所にはほかにも数々のITが使われている。知識工学に基づく人工知能といった技術も積極的に取り入れている。高炉の操業は、通常、熟練した現場の技術者の知識に基づいて進められてきたが、新日鉄住金はそれを抽出し、5万~6万件のナレッジを集約した知識データベースを構築し、高炉の操業状態に関する診断などに役立てている。

センサーを装備した建材、地滑りの発生を検知・連絡

 新日鉄住金グループの建材メーカー、日鐵住金建材が開発したノンフレーム工法をベースにした情報建材もITが創造した新たな価値の1つだ。

情報建材にみるビジネスと社会のイノベーション
●情報建材にみるビジネスと社会のイノベーション
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 ノンフレーム工法はコンクリートで地面を補強せず、特殊な鉄杭と地表の揺れを抑えるプレートで地面を固定し、プレート間を互いにワイヤで接続して強度を高める工法。それに張力や圧力、ひずみを検知するセンサーを装備したのが情報建材だ。地滑りなどの発生を直ちに検知し、その情報を受信したクラウド上で危険性などを分析し、場合によっては自治体や周辺住民に通知する。

 情報建材の事例から、新たなビジネスの価値を創造するには3つの要素の必要性が分かる。それは、新ビジネスを実践するためのフィールド、「何をなすべきか」というニーズを理解している業界・ 業務の専門家、ニーズを「どうしたら実現できるか」を知るITの専門家、である。専門家同士がタッグを組み、密接な連携で業務を検討・考案し、価値を創造していかなければならない。

 ビッグデータという領域1つをとっても、大規模データを取り扱うための知識、データの分散処理やネットワークのトランザクション処理のスキルといった様々な専門知識が必要だが、ITの専門知識を顧客企業が身に付けるのは難しい。

 新日鉄住金ソリューションズでは、ITディレクターと呼ぶITの専門家が製造業や流通・サービス業、公共公益機関などの業務現場に出向き、IT活用に向けたプロジェクトに企画段階から参画している。その数は100人を超える。お客様のコアコンピテンシーの一部として、今後もビジネスの成長、イノベーションの創出に貢献していきたい。