テクノロジーが経営に及ぼす効果は年々大きくなっている。最新のITを活用すれば、これまで同じ特性を持つ集団として扱わざるを得なかった顧客を一人ひとりという単位で理解できる。そうした「個客」理解によって、今後の企業活動は大きく変わっていくだろう。

 その個客理解を深める最新のテクノロジーの1つがコグニティブ(認知)コンピューティングだ。ビッグデータの中には、個人が自由気ままにつくり出したデータ、センサーが取り込んだ個人の行動を表すデータがある。それらのデータを発見的・推論的に処理し、示唆・予測・発見を得ることは学習するシステムとしてのコグニティブコンピューティングが得意とする役割だ。

ビッグデータの分析結果、経営者もその活用に関心

日本IBM 常務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業 インダストリアル・サービス事業担当 鴨居 達哉 氏
日本IBM
常務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業 インダストリアル・サービス事業担当
鴨居 達哉 氏

 IBMの調査では、ビッグデータを活用するための主要投資分野として顧客理解を挙げたCEOが日本を含めた世界各国で70%以上に達した。CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)やCIOを対象に当社が開いたフォーラムでも、ビッグデータの分析で得られた顧客理解をマーケティングに活用したいとする声が少なくない。

 実際、マーケティング領域に対するCMOの投資意欲は極めて旺盛だ。2012年にCMOが関与したIT関連費用は、IBMの調査では13兆8000億円に上る。マーケティングの分析とその手法に要する費用は今後3年間で60%増えると見込まれている。

 ビッグデータによってマーケティングの在り方も大きく変わる。これまでのマーケティングの役割は、(1)顧客を知る、(2)何をどうやって市場に出すのかを決める、(3)ブランドプロミスを守る、の3つだった。ビッグデータの分析結果を活用できるようになると、(1)個のレベルで顧客を理解する、(2)すべての接点で個客に応じた体験を一貫性を保持して提供する、(3)企業文化とブランドを真に一致させる、必要性が生じてくる。

 (1)個のレベルで顧客を理解するには、顧客を一段と小さなセグメントで把握する必要がある。理想は一人ひとりという単位での把握だ。ダイナミックなセグメンテーションに対応した分析の手法とツールを使えば、平日と休日の行動様式の違いなども正確につかめる。

 (2)すべての接点で個客に応じた体験を一貫性を保持して提供するには、Webサイト、コールセンター、実店舗といった複数のチャネルによるマルチチャネルで顧客を同一人物として把握することが前提となる。そのためのツールとしてIBMはソーシャルメディアを重視している。消費者の行動の流れをソーシャルメディアから読み取ることで、個客の動線は見えてくる。

どのチャネルを経由しても、1つのブランドとして認識

 (3)企業文化とブランドを真に一致させるにも、マルチチャネルが深く関わってくる。消費者が商品やサービスに接するチャネルは様々。どのチャネルを経由しても、同じ1つのブランドとして見せなければならない。

 今後、新しいマーケティングを展開するには、個客体験のあるべき姿をカスタマージャーニーマップ(個客行動シナリオ)としてデザインし、ケイパビリティーアセスメント(可能性評価)を経てロードマップ(実施計画)へと進めていかなければならない。

 自動車の購入を例に挙げれば、その流れはこうだ。テレビコマーシャルを見て自動車に興味を持った会社員は、自動車メーカーのホームページにアクセスし、自動応答チャットでQ&Aを利用する。そして、ある日、会社の近くにあるバーチャルショールームに入り仮想体験で自動車の魅力を堪能する。

 その自動車に一段と興味を持った会社員は、その後、家族とともにディーラーの店舗に訪れる。ディーラーは収集した会社員の情報を活用し、会社員が最も喜ぶ試乗ルートを提案する。試乗を楽しんだ会社員は後日、好意的な感想をソーシャルメディアに書き込む。

 この流れを実現するためIBMが提唱するのがIBMスマーター・コマースだ。顧客起点でマーケティング、販売、サービス、購買という商取引のすべての領域を最適化し、バリューチェーンを構築するので、実店舗、Web、モバイル、コールセンターといった顧客と企業をつなぐあらゆるチャネルを統合できる。オランダの銀行、SNS Bankをはじめ、すでに多くの企業がこの仕組みを使い、Webサイトやコールセンター、実店舗のオンライン・オフラインの融合に成功している。

IBMスマーター・コマースの概要
●IBMスマーター・コマースの概要
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 ITはバックオフィス業務だけでなく、市場や顧客との接点となるフロントオフィス業務にも大きく貢献する。マーケティング領域に限らず、フロントオフィス業務で役立つ様々なサービスをIBMはこれからも提供していく。