コンピュータとネットワークの発達により、時間・距離・国境・階層・組織の壁は低くなり、世界のあらゆることが日々の生活に直接的に影響を及ぼすようになった。将来を予測することは難しく、環境が大きく変われば今日のナンバーワンは明日のナンバーワンではなくなるかもしれない。進化論を唱えたダーウィンが「強いから生き延びるのではなく、変化に対応できたから生き延びた」と言ったように、今のビジネスには変化への対応が不可欠だ。

既存の事業モデルではなく、別のアプローチで対応を

NPO法人J-Win(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク)理事長 内永 ゆか子 氏
NPO法人J-Win(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク)
理事長
内永 ゆか子 氏

 では、どうすれば変化に対応できるのか。成否のカギを握るのがダイバーシティ、つまり企業における多様な人材の活用だ。これからは既存のビジネスモデルをどう対応させるかではなく、別のアプローチで新しいビジネスモデルを考える必要性が高まっている。それには、同じ価値観、同じ発想、同じ歴史観を持つ人だけでは不十分だ。均質な組織と多様性豊かな組織を比べれば、新しいものを生み出す確率は後者のほうが高い。

 ビジネスでの女性活用の重要性を示す興味深い調査がある。女性活用に関する調査などを実施する米国のNPO法人(特定非営利活動法人)カタリストが米国の大企業を対象に調査したところ、上級エグゼクティブのうち女性の人数が多い上位4分のlまでの企業は、下位4分の1の企業よりも好業績を上げていた。

 とはいえ、多様な人材を集めれば企業の成長が約束されるわけではない。当然、リスクはある。多様性を放置したままなら、チームの方向が定まらず空中分解してしまう恐れがある。多様性を確保しながら、共通の目標に向かってメンバーの意識を統一することが大切だ。最近では、一歩進みインクルージョンを付け加え、ダイバーシティ&インクルージョンという表現をするようになった。多様性を受容したうえで認め合い、組織を活性化していくことがイノベーションには必須だからだ。

現地法人に女性登用を指示、進捗状況を測る指標も設定

 ダイバーシティを経営戦略の1つと位置付けて私が考えるようになったのは1990年代前半のことだ。業績不振のIBMを再建するためCEOに就任したルイス・ガースナー氏はダイバーシティを経営戦略の1つとして掲げ、世界各国の現地法人に女性を積極的に活用するように求めた。女性の登用を進めるため、進捗状況を測定する指標を設定、評価する管理システムも確立し、それを実行した。

 当時の日本IBMは日本国内では女性を登用している企業と見られていたが、世界各国にあるIBM現地法人と比べると最下位レベル。ガースナー氏は日本IBMの首脳に状況の改善と定期的な報告を求めた。

 日本IBMはその一環として社内にウィメンズ・カウンシルを設置し、そのリーダーに私を指名した。私たちは社内の女性や退職した女性たちへのヒアリング調査と議論を重ね、女性の登用を推進するための施策を提言した。その過程で女性の登用を阻害する3つの大きな要因が浮かび上がった。

 要因の1つが将来像が見えないことだ。男性なら「10年後の自分」を想像するのは容易だが、身近にお手本がない女性の場合はそうはいかない。女性に将来像を提示するには、ロールモデル(お手本)の輩出が必要だ。女性管理職の登用を意識的に進めたり、互いに悩みを共有しアドバイスし合える女性ネットワークを構築したりするのもよいだろう。

 第2の要因は、仕事と家事・育児とのバランスにある。ワークライフバランスという言葉をよく耳にするが、必要なのはバランスではなく、ワークとライフを自分でマネジメントする力だ。それには、働き方を見直し、フレックスタイムのような柔軟な就業制度はもちろん、働く人を時間で縛るのではなく、アウトプットで評価するような仕組みをつくるべきだ。

「暗黙のルールを知らない」は、女性登用の阻害要因に

 第3の要因はオールドボーイズ・ネットワークにある。長い間成功を重ねてきた企業には、明文化されていない特有のカルチャーがある。男性の新入社員なら、言葉遣いや服装などに問題があれば、先輩や上司が指摘してくれる。しかし、女性社員にはそれがない。このカルチャーの壁が女性の昇進を阻害している。解決しようとすれば、男女の違いを理解し、企業風土の改革まで踏み込まなければならない。

 ダイバーシティを実現するには、何よりも経営トップによるコミットメント(宣言)が不可欠だ。時々、経営者から「私は機会あるごとにダイバーシティの重要性を語っているのだが、ミドル層が後ろ向きで…」という愚痴を聞くが、私は「それはあなたの責任です」と答えている。スローガンとしてダイバーシティを掲げているのか、それとも本気で取り組もうとしているのか。ミドルはトップの胸の内に敏感だ。女性管理職の数値目標の設定、多様な働き方の促進、業務や評価の見える化などにより、女性が働きやすい環境の整備を進めれば、おのずとミドルもダイバーシティに前向きになる。

 ダイバーシティは女性のためのものではない。女性の活用はダイバーシティの最初のステップにすぎない。ダイバーシティを戦略的に推進することで、価値観の多様性を強みとする企業や社会をつくることができる。その途上には困難もあるだろうが、日本の企業や社会が避けては通れない課題である。同時に、それはチャレンジしがいがある課題でもある。