今年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)の席上、欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁が大変興味深い話をしていた。昨年8月にはECBがギリシャやスベインなどの国債を無制限に買い支えることを宣言し、翌9月には米国の連邦準備理事会(FRB)が量的緩和第3弾(QE3)を実行した。ドラギ総裁は「昨年は世界経済のために重要なことを決めた1年だった。この流れを継続し、景気回復を軌道に乗せられるかどうかが2013年の課題だ」と話した。そして、安倍晋三内閣の誕生によって日本銀行も今年4月、ついに積極的な金融緩和を始めた。

マネーの量が少なくデフレ、大胆な金融政策で解消に

慶応義塾大学 教授 グローバルセキュリティ研究所所長 竹中 平蔵 氏
慶応義塾大学
教授 グローバルセキュリティ研究所所長
竹中 平蔵 氏

 私もドラギ総裁の言う通りだと思う。日本のメディアはいまだにアベノミクス(安倍内閣の経済政策)が正しいかどうかという議論に終始しているが、私の見る限り理論的には100%正しい。問題は、正しいかどうかではなく、掲げた施策である「3本の矢」を本当に実行できるのかどうかである。そこを議論するほうがはるかに生産的だ。

 3本の矢のうち、第1の矢であるデフレ脱却に向けた大胆な金融政策は、今のところまともに飛んでいる。安倍総理が強い覚悟で臨んでおり、日本銀行の黒田東彦総裁がそれにしっかりと応え、金融緩和策を進めている。

 デフレは人口減少や需給ギャップが原因だとする説もあるが、これは間違いだ。ロシアでは人口が減っているが、物価上昇率はプラス6%に達している。需給ギャップがあると物価が下がるとも言われたが、需給ギャップがゼロでも物価が下がった事実はある。

 デフレの原因は人口減少でも需給ギャップでもなく、マネーの量が少ないことにある。大胆な金融政策はデフレ解消につながる。ただし、金融政策というのは、これまでの世界の事例を見ても、効果がはっきりと表れるまでに2年ほどの期間を要する。それまでの間をしっかりとつなぐ施策は必要だ。

10兆円規模の補正予算、すでに効果は表れている

 第2の矢は機動的な財政政策。今のところこれもうまくいっている。若干残っている需給ギャップを埋めるために、数カ月前に10兆円規模の補正予算を組んだ。その効果はすでに表れており、今年1~3月期のGDP(国内総生産)はプラスの4.1%になっている。目の前の経済は悪くない。

 問題は中期的な財政再建である。日本の国の借金はGDPの200%を超えており、あのギリシャでも160%台であることを考えれば、財政赤字の深刻さが分かる。中期的には必ず財政を再建しなければならない。2020年までに基礎的財政赤字をゼロにする具体策がいまだに示されていないことが課題だ。

 第3の矢である成長戦略については、過去7年にわたり毎年作成してきたが、日本の成長率は下がり続けているという事実を忘れてはならない。成長戦略というと聞こえはいいが、経済を成長させる戦略にやはり“打ち出の小槌”のようなものは存在しない。

 政府が取り組まなければならないのは、補助金や官民ファンドによって民間を支援するという従来のやり方ではなく、民間にできるだけ多くの自由を与えることだ。競争の中で切薩琢磨し、知恵を絞りながら少しずつ経済成長していく。それ以外に手はない。

 規制緩和をしなければ、経済成長は難しい。ここ十数年来、規制改革が強く求められてきたが、日本にはなかなか変えられない“岩盤規制”が存在している。企業の農地所有、混合診療の規制はその代表的なものだ。残念なことに今回の成長戦略では岩盤規制の緩和は盛り込まれていない。

これまでの成長戦略と遣い、岩盤規制崩壊に役立つ政策も

 しかし、岩盤規制を崩すことにつながる重要な政策を盛り込んでいる点は、これまでの成長戦略と大きく異なる。「アベノミクス戦略特区」という新しいタイプの特区はその最たるものだ。これまでの特区は、地方の提案を国が精査していたが、今回は総理大臣の主導で国(特区担当大臣)、地方(自治体の首長)、民間((地域の事業者代表)が三者統合本部をつくり、さながらミニ独立政府のように必要事項を決定していける。そうすることで、様々な局面で大きな可能性が生まれるだろう。

 アペノミクス戦略特区とともに、今回の成長戦略ではコンセッションにも注目すべきだ。これは空港や港湾、道路、上下水道といった社会インフラの運営権を民間に譲渡するもの。海外の主要国ではごく普通に行われており、ロンドンのヒースロー空港をはじめ欧州の主要空港の多くを民間が運営している。コンセッション は民間のビジネスチャンスを拡大するだけではなく、運営権の譲渡で国や地方の財政にもプラスに働く。もちろん利用者にとってもサーピスは大きく向上する。

 政府が6月に閣議決定した成長戦略に一般用医薬品(大衆薬)のネット販売の解禁が盛り込まれたことは大きな前進だ。一般用医薬品の販売に限らず、ITの活用は可能性を大きく広げる。生産性の向上はもちろん、イノベーションの創出にもつながる。ITは経済にプラスの刺激を与える。

 今の日本は1920年代に似ていると思う。第1次世界大戦の特需の反動で当時は経済的な苦境が続いた。しかし、その一方でラジオ放送が始まり、郊外で生活するライフスタイルが広がり、新しい産業の芽が次々と生まれた。当時の日本人を見習い、我々も前に進もうではないか。