「生徒たちのために一番必要だと感じているものを挙げてくれないか」

 学校教師の希望と個人の慈善活動を結びつけるドナーズチューズというNPOを作ったチャールズ・ベスト氏は、彼が務めていた学校の同僚にこう依頼した。

 同僚が挙げた希望をベスト氏はドナーズチューズの最初のプロジェクトとしてWebサイトに登録する。ここからが面白い。同僚の希望それぞれにベスト氏自身が匿名で寄付をして、「ドナーズチューズが本当に機能していて、寄付者たちが教師の夢を支援しようとしている」という「誤解」が広まるようにしたという。

 自分のことは自分でやる。本書にはベスト氏と同様の姿勢を持つ起業家が登場する。その際、強力な味方になるのがプログラミングのスキルである。

 ラダーズという人材紹介会社を創業したマーク・チェネデラ氏はサイトのプロトタイプを作るのに「3カ月と3万ドル」かかると言われ、「359ドル分の書籍を購入してプログラミングを独学で学び始め」「3週間でサイトを構築」した。

 スタンフォード・テクノロジーグループの創業者キリル・シェイクマン氏は「プログラミングとは、単に要件定義に合わせることではない」「それは知的な挑戦に対して、繊細な解決策を編み出すプロセスである」と述べている。

 「繊細な解決策を編み出す」力を持っているITプロフェッショナルにとり、本書は「知的な挑戦」を自分で進める際の「プレイブック」と言えるだろう。

 プレイブックとは「スポーツ、特にアメリカンフットボールにおいて、様々な戦略とフォーメーションがまとめられたノート」を指す。原題をThe Startup Playbookという本書の中核は、各起業家の「プレイブック」を簡潔に紹介した個所であり、それを裏付けるものとして活動概要や起業家の談話が記載されている。

 それにしても濃い本である。290ページに合計41組(43人)の起業家が登場する。彼ら彼女らは日用品を売る会社からIT企業、ネット企業、NPO(非営利組織)まで、様々な企業を作った人々である。

 それぞれが1冊の本を書けるに足る経験を持つ起業家だから、本書には41冊分の情報が詰まっている。文字が小さく印刷されているが通常の大きさにしたら600ページ近い厚さになるだろう。

 度数の高い酒が入ったフルボトルを一晩で空にできないように本書を一気に読了するのは難しい。そもそも本書の構成自体が速読に向かない。

 各起業家について6ページ程度が割り当てられ、起業家の活動概要、起業家の談話、プレイブック(その起業家の戦略と戦術)、起業を目指す人への助言、今後の展望が書かれている。唐突だが「圧縮陳列」で有名なディスカウントストアを思い出した。

 本文と別掲文を組み合わせる雑誌のような作りになっているため、6ページの中で内容によって文字の書体や大きさ、人称表現が変わり、じっくり読まないといけない。

 この本をどう味わうべきか。決めたことをきちんと実行できる人は一日一組ずつ、あるいは週末に一組ずつ、読むと良いだろう。それができない人は気が向いた時に本書をぱらぱらめくり、プレイブックやアドバイスの中から自分の心に響く言葉を探し、その起業家のページだけ読んではどうか。起業家情報が“圧縮陳列”された本書の中を探索するのは結構楽しい。

 後者を早速やってみた。評者の場合、「小さいうちから大きく考える」「新しいボキャブラリーをつくろう」「面接は意味がない。推薦がすべて」「失敗の定義を広くしない」といった言葉が印象に残った。読者の立場や関心事によってどの言葉を選ぶか変わるはずだ。

 印象に残る、関心を持てる言葉を見つけたら、自分の仕事に当てはめて読んでみる。そうしてからその起業家の活動概要や談話を読んでいくと、たとえ米国のスタートアップ事例であったとしても、日本の従来型企業に属する人に役立つことが分かる。「所詮米国の話」とか「起業するつもりはない」と決めつけて本書に触れないのはもったいない。

 冒頭で述べたように、何かを成し遂げる人は自分でやれることはさっさと自分でやっている。ただし、もちろん一人でやれることには限界があり、チームが重要になる。実際、良いチームを作り、動かすための助言が本書には沢山掲載されている。

 情報システムの開発をしている人でも運用をしている人でも何らかのチームで取り組んでいる。チームをまとめるには目的を明確にする必要があるが、その時に起業家のビジョンづくりが参考になるはずだ。

「世界」を変えろ!急成長するスタートアップの秘訣
「世界」を変えろ!急成長するスタートアップの秘訣
デビッド・S・キダー 著
小林 啓倫 訳
日経BP社発行
2100円(税込)