「アップルはiPhone 5cを新興国向けと言っていましたか? 私はiPhone 5cはものすごく考えられた戦略製品だと思っています」。こう語るのは情報通信総合研究所 グローバル研究グループ 上席主任研究員の岸田重行氏。iPhoneはあくまでもプレミアム機種であり、新興国では統計の数値に出てこないiPhoneの中古品が売れているという。この中古が、新規の需要を奪っていると捉えるのか、そもそも高い新品は売れない市場であると捉えるのかでその出方は変わってくる。アップルは後者であると岸田氏は見る。

 アップルがiPhoneを2機種同じタイミングで出したのは、今回が初めてである。もちろんストレージ容量、対応通信方式や帯域によってこれまでもモデルは複数存在したが、商品としては「iPhone 4S」「iPhone 5」といったように1年に1機種出すのが通例だった。だが、今回アップルは「iPhone 5s」と「iPhone 5c」の2機種を市場に投入した。

 iPhone 5sは64ビットCPUを搭載するなど技術的な新しさもあり、これまで通り先進層にアピールする機種であるのは論を俟たないだろう。一方のiPhone 5cは中身はiPhone 5とほぼ同じで機能的にはいわば“型落ち”。その点で“廉価版”との見方をされるが、実際は“プレミアム”である。iPhone 5sとiPhone 5cの価格差は100米ドル程度。外側を変えることでこれまでのiPhoneユーザーとは違う「新しいユーザーに訴求できる商品にしてしまった」(岸田氏)。なおNTTドコモがiPhoneを扱うことによる国内市場の変化については岸田氏が執筆した「『ドコモのiPhone』で一変する国内スマホ市場」に詳しい。以下岸田氏にアップルの製品戦略についての考えを聞いた。


情報通信総合研究所 グローバル研究グループ 上席主任研究員 岸田重行氏
情報通信総合研究所 グローバル研究グループ 上席主任研究員 岸田重行氏

 今回アップルはiPhone 5sとiPhone 5cの2機種を出しました。そこで注目しているのは、iPhone 5cの“出し方”です。

 iPhone 5cについては「新興国向け」と言われていますが、アップル自身がiPhone 5cを新興国向けと言っていたでしょうか。一言も言っていないと思います。確かにアップルの売上は先進国に偏っていて、商品の単価は高いと言われる。そこで「Androidを搭載する安価なスマートフォンが新興市場で売られていて、そこにアップルは入れていない。そこに参入しないとこれからの成長戦略が描けないんじゃないか」と周囲が勝手に解釈している。

 もちろん一面ではそうしたところはあるでしょう。ただ、アップルがアフリカ向けに100ドルiPhoneを出しました、といってそれが今本当に売れるかは疑問です。そうした新興市場では、既に「iPhone 3G」や「iPhone 4」の中古品が流れていて、現地の方が購入できる値段で売られているわけです。もちろんそれらは以前アップルが携帯電話事業者を介して売った端末です。

 アップルの製品が、中古車のように何代にもわたって広がっていっているわけですよね。その市場のGDPや個人所得が将来的に上がれば、価格の高い新品が売れるかもしれません。アップルは高付加価値、高価格のマーケットで強さを見せています。強いブランド力があって、商品力があって、例えば部品コストは200ドルだけど、600ドル、700ドルと付加価値をつけた価格で売るわけです(編集部注:携帯電話事業者が各種キャンペーンなどによる割引を適用することで、ユーザーから見ると一見安く見える。今回のiPhone 5c、iPhone 5sの“実際の価格”は5万円台から8万円台)。そのビジネスは今の新興国市場には当てはまらない。