「ネットビジネスなんて所詮、虚業ですよ。そんな浮ついた話に踊らされることなく、日本は真面目にものづくりに取り組むべきです」。そう言い放った家電メーカーの人の冷たい表情を、今でもよく覚えている。およそ10年前のことだ。まさに暴論中の暴論なのだが、当時はそうした“ものづくり原理主義”的な主張が産業界で礼賛された。いわゆるネットバブルが崩壊した直後だったからだ。

 その頃、私はネットビジネスの動向をジャーナリストとして追いかけていた。日本のネットビジネスの起点は1995年。ちょうど「日本の失われた10年」のど真ん中で、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生し、誰もが閉塞感を強く感じていた。そんな状況の中で、インターネットに可能性を見いだした多くの若者が起業に踏み切る。突如として「ネットの世界のジャパニーズドリーム」の時代が出現したのだ。

 そして一部の起業家だけでなく、多くの企業がネットを使った新ビジネスの創出に真剣に取り組んだ。個人商店のEC(電子商取引)の成功事例を、大手銀行の担当者が懸命に学ぼうとする、そんな時代だった。ちなみにアマゾン・ドット・コムが誕生したのが1994年、グーグルの設立が1998年だから、日本のネットビジネスの勃興は米国のそれにほぼ同期していたといってよい。

 しかし、ネットベンチャーの起業ブームが一部マネーゲームと化し、2000年代初頭に破局を迎える。このネットバブル崩壊は、本来マネーゲームの破局にすぎない。それなのに何を勘違いしたのか、冒頭の家電メーカーの人のように「ネットビジネスは虚業」と言い出す人が大勢出てきて、多くの企業がネットビジネスに真剣に取り組むことを放棄してしまった。

 ネットビジネスの取り組みは本質的にはITを活用した新たなビジネスモデルの創出である。当然こうした「ビジネスモデルづくり」は容易ではない。だから当時、ものづくりの重要性をことさら騒ぎ立てる人は、それにかこつけてビジネスモデルづくりを放棄しようとしているとしか思えなかった。そして、実際にビジネスモデルづくりを放棄した企業は苦境に陥る。特にIT産業に隣接する家電メーカーは悲惨だった。

 日本の家電メーカーのものづくりは、韓国や中国の企業にあっさりキャッチアップされた。一方、本来なら家電と音楽などのコンテンツの両方を持つソニーが真っ先に手掛けてもよかったiPodを生み出したアップルは、その間iPodのビジネスモデルを磨き、iPhoneやiPadへとつなげていった。まさに日本の家電メーカーの敗戦の理由は、ビジネスモデル作りを怠ったことにあると言ってよい。

 こう書くと暗い気分になるが、実は悲観的になる必要はない。製造業以外を見渡すと、IT活用によってビジネスモデルを磨き成功した企業が多数あるからだ。例えば、ネットバブル崩壊のインパクトを乗り越えたネットベンチャーは、今や楽天を筆頭に押しも押されもせぬ企業に成長した。そして以前も書いたが、コンビニエンスストアや宅配会社は、日本発のビジネスモデルで海外に進出するまでになった。

 さらに製造業でも、ものづくりだけでなくビジネスモデルづくりの重要性が理解されるようになった。家電の復活への道は険しいが、他の製造業では勝負はまだこれから。「ネットビジネスは虚業」と言ったあの人は、今どこで何を思っているのだろうか。