大手IT企業の部長と酒を飲んでいた時のこと。「最近、システム開発で不採算案件が無くなりましたね」と私が話を向けると、この人はグラスのビールを一気に飲み干し、「その通りなんですけどね。いったい赤字プロジェクトの何が悪いというのですか」と、それこそ口角泡を飛ばしてまくし立てた。一瞬、虚を衝かれたが、すぐにこの人の真意が理解できた。そして私は「赤字プロジェクトの何が悪い!」とのタイトルで特集を書こうと心に決めた。

 これは7年前の話だ。その頃の私はIT企業向けの雑誌の編集部にいた。当時、経営を揺るがす大赤字プロジェクトの続発に手を焼いたIT企業各社は、個々の案件の採算性やリスクを厳格に管理することにした。一緒に飲んだ人の会社もご多分に漏れず、ユーザー企業への提案内容を厳しく精査していた。結果として、IT業界全体で赤字プロジェクトが大きく減った。本来なら、めでたしメデタシのはずである。

 ところが、この頃から「IT企業の提案はどれも代わり映えしない」とのユーザー企業の声が聞こえてくるようになった。提案の凡庸化である。失敗を怖れるがあまり、定番のパッケージソフトだけを使い、技術的チャレンジは極力避け、提案の範囲も絞り込む。結果として、各社の提案は似たようなものになる。提案で差異化できないなら価格勝負。ユーザー企業に「つまらない提案だ」と不満を言われながら、買い叩かれるという悲惨な状況になった。

 IT企業が技術的チャレンジを避けているようでは、未来は無い。これまでにない案件に挑戦しなければ、新たなビジネスの糧もつかめない。それなのに、ガチガチに損益管理されて、新しいことなど何もできない。「赤字プロジェクトの何が悪い!」は、リスクを取って新しいことにチャレンジすることが難しくなっている現状を憂う、まさに心の叫びだったわけだ。

 では、これがIT企業だけの問題かというと、そうではない。リスクを取らないことにかけては、ユーザー企業も相当なものだ。以前も書いたが、外資系IT企業に日本で売らない製品がいくつかある大きな理由の一つは、「ユーザー企業が革新的な技術をなかなか採用しようとしない」ことである。ユーザー企業から「最先端の技術の採用など、これまでにない挑戦的な提案がほしい」と言われ、真に受けたIT企業が「挑戦的な提案」を出したら、「前例はあるのか」と聞かれたという笑えない話もある。

 ユーザー企業がリスクを取りたがらない理由は分からないでもない。IT部門の立場で言えば、技術的チャレンジに成功しても社内で評価されないし、失敗すると「なぜ枯れた技術を使わなかったのだ」と指弾されることになる。だが今、状況は変わりつつある。本業の競争力強化や新規事業の創造にはITが不可欠であり、クラウドやデバイスの世界で次々と誕生する新技術をいち早く活用し、ライバルを出し抜くことが求められるようになった。枯れた技術にしがみついていると、逆にIT部門の存在意義を疑われるというリスクが生じてしまう。

 そう言えば、「赤字プロジェクトの何が悪い!」の特集は劇的な成功を収めた。多くのIT企業関係者から「その通り」という賛同の声を得た。そして今、彼らは少しずつだが、パブリッククラウドなどで挑戦的な提案を出すようになった。さて、ユーザー企業はどうか。今度、「失敗プロジェクトの何が悪い!」との特集でも企画してみるか。