30代から40代にかけての10年間、米国や欧州の生産拠点や販売会社のシステム開発に携わった。この期間に多くのことを学んだが、最も大きな収穫は、多くの「プロ」に巡り合ったことだ。
海外での仕事の振り出しは、1979年に長期出張した米サンディエゴ工場。ここには少し前に入社した同世代の社員が3人いた。みな優秀だったが、なかでもすごかったのがボニー・バレットさんという女性社員だ。仕事はプログラムアナリスト。システムアナリストである僕がシステムの機能とファイルの設計をすると、それをバッチ処理のプログラムに展開して仕様書を書いてくれる。ボニーには小さなお子さんがいたので、午後4時には帰らなくてはならない。限られた時間のなかですごい集中力を発揮して仕事をこなしていった。その生産性と品質の高さには圧倒されっぱなしだった。
タバコは生産性を向上させる?
1983年には米ニュージャージーで、販売物流システムの再構築プロジェクトに入った。これもなかなかタフなプロジェクトだったが、ここでも人に恵まれた。キャロライン・ゴアさん、この人はヘビースモーカーで「タバコは生産性を向上させる」と書かれたポスターを壁に張り、いつも煙草をくわえながら仕事をしていた(今では考えられないことだが、当時はオフィスでもたばこが吸えたのだ)。担当はプロジェクトの品質管理、彼女からソフトウェアの品質管理について多くのことを教えられた。また、個々人のスキルを容赦なく試すようなメンバーが多かった中で、陰に日向に僕を助けてくれた。
このプロジェクトでもう1人忘れられないのが、イギリスから出稼ぎに来ていたコンサルタントのレン・ゴードンさんだ。ロンドン生まれで、コックニーと呼ばれるロンドンの強烈な下町訛りがあり、アメリカ人でさえなかなか理解できない。従ってどのチームリーダーも自分のチームに入れたがらなかった。
ということで、僕のチームで受け入れたのだが、彼もまたすごいプロフェッショナリティーの持ち主だった。彼の強みはプログラミング、後にも先にも彼のようなプログラマーは見たことがない。まさにスーパープログラマーとと呼びたいほどの知識とスキルを蓄えていた。その後僕が英国でのプロジェクトを率いることになったとき、彼ともう一度一緒にやりたいと思った。彼の力が絶対に必要だったのだ。すでに英国に帰国していた彼を、つてをたどって探しだし、少し強引ではあったがプロジェクトに参加してもらい、大いに活躍してもらった。サンディエゴのボニーさんたちともその後30年にわたって親交が続いている。
こういう人たちと仕事をするなかで、「プロ」の仕事のレベルを体感するようになった。日本にももちろん専門性の高いIT技術者は多い。その人たちと米国や英国で出会ったプロの差がどこにあるかといえば、技術者自身ではなく、それを評価する組織とか仕組みにあるのではないかと思った。専門性を高く評価する風土、仕事で真価を発揮すれば働き方は自由、少々コミュニケーションに難があっても十分活躍できる。プロのスキルを正当に評価することが当たり前になっているから、人材の流動化が進み、プロには幅広い活躍の場が与えられるし、それなりの対価も得られる。だからこそ、プロを目指して研鑽を続ける人が絶えない。
一方で企業側も、人が変わることを前提に仕組みを作る。ドキュメントを重視し、方法論を確立して個人のスキルだけに依存しなくても仕事が回るような環境を整えていく。
米国に渡ったばかりのころから、そういう状況を観察してきた。そのうち、自分も経験を積み、プロジェクトの1メンバーからチームリーダーへ、そして大きなプロジェクトを統括するマネジャーへと権限が増していくなかで、そうした仕組みの良いところを自分なりにアレンジして取り入れていくことになる。
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO