以前、「製造業の経営者はこれまで、他の産業に比べてIT活用に無関心だった」という主旨の一文を書いて、読者からお叱りを受けたことがある。「製造業にはIT活用先進企業が多く、認識が全く間違っている」とのことだった。読者の批判は謙虚に受け止めているが、この件は様々な業種の経営者にインタビューして得た認識なので、見解の相違と言うほかなかった。

 そもそも従来、製造業にはIT投資の案件が他業種に比べて相対的に少なかった。生産管理など開発・製造周りやサプライチェーン関連のシステムなどが構築されているが、情報システムがビジネスの基盤である金融機関などに比べると、直接業務に関わるIT投資は件数、金額ともそれほど多くはなかった。

 その分、製造業、特に大手企業は会計など間接業務に関わるシステムの構築に多額のお金を使った。ビッグバン導入と称して、ERP(統合基幹業務システム)を思いっきりカスタマイズして導入する。カットオーバーまでこぎ着けたことをもって導入は“成功”。そうしたプロジェクトが先進事例として喧伝された。

 だが、カスタマイズという余計なコストをかけて導入したERPは、そのカスタマイズによって経営の合理化や見える化に貢献できているかと言えば、極めて疑わしい。そもそも経営者は間接業務には重きを置かないから、“先進システム”の活用にそれほど関心が無かったのだ。

 実際、リーマン・ショックなど経営環境の激変に直面した時、そうした激変を素早く察知できるはずのシステムが役に立たなかったケースは数多い。そして、経営が急速に悪化した企業の多くは、使命を果たせなかったシステムをIT部門もろともアウトソーシングしてしまった。

 ではIT活用先進企業を、膨大なIT投資を行っている金融機関に数多く見いだせるかと言えば、そうでもない。確かに銀行の勘定系システムには巨額の投資が必要になるが、勘定系システムはいわば“巨大な金庫”にすぎない。セキュリティー面や安定稼働には絶対の品質を持っていても、他行と差異化するための武器にはなっていないのが現状だ。

 規制でがんじがらめのため、やむ得ない面もある。だが日本の金融機関は一部を除くと、画期的な商品やサービスを生み出し、競争優位を築くためのIT活用では、欧米の金融機関に比べもの足りないと言わざるを得ない。

 実は、IT活用に最も積極的で、経営者がITを重要な経営課題として捉えていたのは、小売りなどのサービス業である。例えばコンビニエンスストアは、ファミリーマートの上田準二会長が言うように、もはや“システム産業”であり、IT投資の優劣がチェーンの競争力を左右する。宅配便事業者にしてもITを活用して利用者にいかに利便性を提供するかが勝負を決める。

 さらに言えば、ITがビジネスそのもののネット事業者もサービス業である。サービス業はビジネスモデルの勝負であり、そのビジネスモデルはIT無しに創れない。だからこそサービス業の経営者の多くはITを重視するわけだ。

 こう書いてはきたが、製造業でも経営者がITを重視し、戦略投資する事例が増えてきた。なぜかと言えば、製造業がサービス業の衣をまとうようになったからだ。コマツの「KOMTRAX」が代表例だが、ITで付加価値の高いサービスを生み出し、「製品+サービス」で競争優位を築こうというわけだ。そうなると後は金融機関。さて、こちらはどうか。