写真●Ruby作者のまつもとゆきひろ氏
写真●Ruby作者のまつもとゆきひろ氏

 「エンジニアにもっと幸せになってほしい、そしてその可能性を広げたい」

 まつもとゆきひろ氏がやってきたことの根底には、すべてこの思いがある。

 処理の手順を人間がコンピュータに教えるのではなく、頭の中で考えたアルゴリズムをメモすればそのまま動く、気持ちよく仕事ができる言語を作りたい。20年前、こう考えて作ったプログラミング言語が「Ruby」だ。

 まつもと氏はRubyをインターネットで公開した。「プログラミングってこんなに楽しいんだ」。Rubyに触れたエンジニアはそう感じた。使い勝手のよさに引かれ、多くのエンジニアに愛され、広まる。まつもと氏とともにRubyを作ろうと名乗りを上げる仲間も増えた。

 やがてRubyは海を渡る。「日本に閉じたものにしたくない」。そう考えていたまつもと氏はRubyのドキュメントや変更履歴などを英語で記述していた。

 インターネット上でRubyを発見した著名なエンジニアが本を書いたことで、Rubyは世界で知られる存在に変わる。まつもと氏らも世界のユーザーの声に応えRubyを改善し続けた。多くの国で多くのエンジニアがRubyでプログラムを作り始めた(関連記事:世界がRubyを愛する理由)。

 デンマークにいたDavid Heinemeier Hansson氏もその一人だ。彼はWebアプリケーションフレームワーク「Ruby on Rails」を作った。

 従来の10倍の生産性でWebアプリケーションを作れるともいわれたRuby on Railsは、スピードを最優先するベンチャー企業の標準ツールとなった。海外ではツイッターやフールー、日本では楽天やクックパッドといった企業がRubyを使って新しいサービスを生み出している。

 米国、欧州、中国、インド、ベトナム、台湾、オーストラリア、アルゼンチン、ウルグアイ、世界各国でRubyのイベントが開催される。まつもと氏は講演に招かれ世界を飛び回る。

 海外のエンジニアと話をしていて、気にかかることがまつもと氏はあるという。米国をはじめとする海外のエンジニアと比べてみても、日本のエンジニアの技術力は遜色ない。いや、むしろ高い。にもかかわらず、日本のエンジニアはあまり評価されず、自由も少ないように見えることだ。

 「日本のエンジニアの給料は安い」、「ソフトウエア開発の自由を奪ってはならない」。

 もともといかにもエンジニア然とした控えめな性格だったまつもと氏から、社会に対する発言が増え始めた。それは、日本で最も著名なソフトウエアエンジニアの一人となってしまった使命感のゆえなのかもしれない。

 社会への要望とともに、まつもと氏がエンジニアに対して願っていることがある。それは「Rubyを踏み台に羽ばたいてほしい」ということ。「エンジニアはコンピュータの中に世界を作り、その力で現実世界も変えることができる仕事」だとまつもと氏は言う。

 一例として、日本のビッグデータ技術者らがシリコンバレーで起業したTreasure Dataがある(関連記事:何千万ものユーザーに使ってもらえる。それがITの力~太田一樹・米Treasure Data CTO)。Treasure Dataは、創業メンバーがRubyで開発したオープンソースのデータ収集基盤ソフトFluentdを使ってビッグデータ分析基盤サービスを提供する。まつもと氏がTreasure Dataに投資すると、米国のメディアは「Rubyの作者が投資したスタートアップ企業」として紹介した。

 「注目を集めたり、社内を説得したりするために役立つのであれば、Rubyをどんどん利用してほしい」とまつもつ氏は考えている。エンジニアが持てる力を存分に振るい、その可能性を広げるためにこそ、Rubyはあるのだから。


高橋信頼
ITpro
 日経コンピュータ、日経SYSTEMSの記者、副編集長を経て現職。ソフトウエア開発、オープンソース、UX/UIなどを担当。