写真●シスコシステムズ合同会社の平井康文社長
写真●シスコシステムズ合同会社の平井康文社長
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 これからの組織は役割が固定されている“野球型”から、プレイヤーが臨機応変にフォーメーションを変えながらリアルタイムに動く“サッカー型”に変わる。

 シスコシステムズ合同会社の平井康文社長がある講演でこう述べたことをよく覚えている。平井社長はこのとき、サッカー型組織におけるプレイヤーの働き方を「Meet the ball(ボールに寄れ)、Look around(まわりをよく見ろ)、Pass and move(パスしたらボサっとしてないで動け)」と表現していた。

 ちょっと気になったので講演後に調べたところ、この言葉は東京オリンピックを控えた半世紀ほど前、サッカー日本代表のコーチとして招聘されたドイツ人指導者、デットマール・クラマー(Dettmar Cramer)氏が残したものだという。

 クラマー氏は日本サッカーの父とも呼ばれている人物で、彼の指導を受けた代表チームがメキシコオリンピックで銅メダルを獲得するなど、日本サッカー界に大きな足跡を残している。

 働く身になって考えると少々しんどそうではあるが、次から次へと新しいトレンドが登場しては消えていくIT業界にあっては、サッカーのように個々のメンバーが自分のポジションを考えながら能動的に動く組織がふさわしいのは確かだろう。

 それにしても、熱心なサッカーファン、あるいは学生時代にサッカー部などで指導を受けていた人たちの間では有名なのかも知れないが、デットマール・クラマー氏とは、ずいぶん“渋い”ところから引用するものだと感じた。

 この講演は、シスコシステムズ合同会社は2011年度の日本経営品質賞で、「日本経営品質賞大規模部門」を受賞したことを記念して行われたものだ。講演内容の多くは親会社の米シスコシステムズを含めた、全体のコーポレートカルチャーの説明にあてられた。

 題名に引いた「ポストM&Aでは組織統合に時間をかける」という発言もこの講演で出たものだ。

 ハイテク分野でのM&Aの目的には、製品・技術とともに優秀な人材を取り込むことがある。だが、実際はほとんど案件で人材の流出を招いてしまい、結果として大半が失敗に終わると言われている。

 そんな中、シスコは1984年の創業以来、数多くのM&Aを繰り返しながら事業を拡大し、ICT分野のトップ企業の地位を築き上げてきた。その成功の秘訣は、被買収企業の従業員をシスコの一員として取り込むことに心を砕く、同社のコーポレートカルチャーにあるという。

 講演で平井社長がM&Aの事例として挙げたのが、2010年春にシスコが買収したビデオ会議システム大手、タンバーグの日本法人である。タンバーグの場合、日本法人の社員をシスコに転入させたのは2010年10月だが、それから1年をかけてお互いよく知り合った上で、2011年11月にタンバーグ日本法人をそのままシスコの事業部門とした。その際、タンバーグ日本法人の社長は、そのまま事業部門のトップに就任してもらったという。

 このような慎重な手続きが功を奏して、シスコのM&Aでは被買収企業の社員がそのまま定着する比率が約9割、なおかつシスコ幹部の約4割は被買収企業の社員が占めているという(データは日経ビジネス2008年3月17日号より引用)。

 平井社長はこのときの講演の最後を、シスコ社内の営業担当者が語った「コーポレートカルチャーは社員が守る・順守すべきものではなく、逆に社員を守ってくれるもの」という言葉を引用して「私もそうありたいと思っている」と締めくくった。

 きれいごとに過ぎる、と思う方もいらっしゃるかも知れない。だが、「守ってくれる」と社員に思わせるカルチャーを持つことは、様々なバックグラウンドを持つ社員に一体感を持たせる上で、大きな役割を果たす。

 M&Aで事業を拡大してきたシスコにとって、同社のコーポレートカルチャーは、単なる「きれいごと」ではない、必要性を持つものなのだろう。


神近 博三
ITpro
 日経コンピュータ、日経Windows NTの編集部などを経て現職。ITが社会に及ぼす影響、社会がITに及ぼす影響に興味を持つ。