ソニーがパソコンの「VAIO」を発売することになり、1996年にできたばかりのITカンパニーのシステムを担当することになった。それまでコンシューマーAV部門のシステムを担当していたが、パソコン事業はテレビやオーディオとは全く違う。新しいシステムが必要だった。

 コールセンターを新設し、製造事業所や販売会社のシステムも変えなければならない。特に販売会社では、受注出荷の部分に新システムを導入する必要があったのだが、反応は冷ややかだった。「パソコン事業がうまくいくかどうか分からない。今のシステムで何とか対応すればいいじゃないか」というわけだ。

 確かに既存のコンシューマーAV向けのシステムでも機能的な対応は不可能ではなかっただろう。しかし、新たなPC用の受注出荷プロセスを既存システムに加えると機能が煩雑になり、将来予想されるビジネス・プロセスの進化に迅速に対応することが極めて難しいと判断した。変化の激しい新しい事業に参入するのだから、スピード面での安易な妥協は許されない。

 そこでITカンパニーのトップだった安藤国威さん(現・ソニー生命保険名誉会長)に相談したところ、システムの投資はこちらですると即断してくれた。新たにPCビジネスを立ち上げるために必要なシステム開発は戦略投資として扱うという考え方だ。

 この判断を持って、再度、販社に交渉に行くことにした。こういうときは、しっかり理論武装といざとなったら自分一人でもやるぞという覚悟を持って一人で行くのが良い。説得力もあるし、話も早い。

 販売会社のIT部門に行って、トップから担当者までいろんな人と会って話した。「僕は今の仕組みのままだと、限界があると思っているけど、どう思う?」。人の話を聞くのは元々好きだ。現場が分かっている人は、普段からいろいろ考えている。話をしているうちに、私の考えていることや懸念も理解してもらえ、「いや、自分もこのままでは難しいと思うことがあって…」と心を開いて話してくれる人も増える。結果的に全面的な支援を得ることができた。

巨大システムを変える先兵になる

 いろいろな人と雑談をすると、当然話はいろいろな方向に広がっていく。そんな中で、「パソコン事業の本質的な違いって何だ?」と考えるようになった。独自技術でがっちり作り込むAV機器と違い、パソコンはパーツの組み合わせのビジネスだ。商品の陳腐化のスピードも速いので、在庫の管理がより重要になる。周辺機器も多いし、カスタマーサポートの比重も大きい。これまでと違うビジネスモデルやプロセスを、システムに実装していくには、新しいアーキテクチャーが必要になる。

 既存のAV機器もデジタル化が進む中で、将来VAIO型のビジネスモデルに変化していくのではないか、であればVAIOのシステムはソニーのシステムの将来像になるということだ。巨大なシステムを同時に全部取り替えることは不可能に近い。でもVAIOが先兵になって新しいアーキテクチャーを作り、それを将来他のカテゴリーに展開していくという戦略は実現の可能性が高いと考えられる。

 こうしてVAIOを中心としたIT事業向けの新しいシステムを作りつつ、その先に他のカテゴリーへの展開を意識するようになった。例えば、共通顧客登録の仕組みを取り入れた。いったん登録してもらえれば、コールセンターでの問い合わせや、故障対応がスムーズに進む。この取り組みは他の事業にも広がって、顧客データベースを統合し、共通顧客IDで商品を横断した顧客対応ができるようになった。残念ながらソニーの全ての商品やサービスを統合することはできなかったが、雑談から生まれた「未来の話」が実現していく過程はワクワクするものだった。

長谷島 眞時(はせじま・しんじ)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO
長谷島 眞時(はせじま・しんじ)1976年 ソニー入社。ブロードバンド ネットワークセンター e-システムソリューション部門の部門長を経て、2004年にCIO (最高情報責任者) 兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長 CEOに就任。ビジネス・トランスフォーメーション/ISセンター長を経て、2008年6月ソニー業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任した後、2012年2月に退任。2012年3月より現職。2012年9月号から12月号まで日経情報ストラテジーで「誰も言わないCIOの本音」を連載。