写真●東芝 研究開発センター スピンデバイスラボラトリー研究主幹の喜々津哲氏
写真●東芝 研究開発センター スピンデバイスラボラトリー研究主幹の喜々津哲氏
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 「こんな大容量に、一体何を入れるんだ」――。九州大学の学生だったころ、喜々津哲氏は1MB以上のフロッピーディスクを初めて目にしたとき、真剣にそう思った。

 しかし、実際に使ってみると全然足りない。「人間の欲望には限りがない。これからも容量があればあるだけ、新しい使い方、需要が生まれてくる」。

 事実、ハードディスクの容量は拡大の一途をたどり、メーカー各社は開発競争に明け暮れている。喜々津氏は東芝の研究開発センターで、ハードディスクの記録密度を向上させる研究の最前線に立つ一人だ。

 目下の研究内容は大きく2つ、一つはデータの書き込み時にディスクの書き込む部分をレーザーで温めて書き込みやすくする「熱アシスト」。もう一つはディスクに書き込む磁気情報を極小の点状に配置して、記録密度を上げる「ビットパターンドメディア」。どちらも実用化が一刻も早く望まれる、高密度化に欠かせない新技術だ。

 喜々津氏が東芝に入社して最初に携わったのは、光磁気ディスクの研究だった。光磁気ディスクもディスクの書き込む部分を熱しながら記録する。東芝が光磁気ディスクから撤退した後はハードディスクの研究に移ったが、「ハードディスクにも熱アシストがじきに必要になる」と感じて、2000年くらいからリサーチを始めていた。

 最新のビットパターンドメディアの研究では、ナノメートル単位のパターンの作成に、半導体ウエハーのフォトリソグラフィ工程で保護膜の形成などに使うレジスト材料の「自己組織化現象」を利用する。東芝本社の所属という立場を生かし、レジスト材料の研究部署と横断的に情報を共有して開発を進めている。

 喜々津氏のもう一つの顔は、産学連携のコンソーシアム「情報ストレージ研究推進機構(SRC)」の運営委員長だ。SRCには国内外のハードディスク関連メーカーが名を連ね、大学の研究者も積極的に参加している。研究開発の方向性を共有することで、最先端の研究を効率よく進めるための機関だ。

 ハードディスクの研究開発は年々規模が大きくなっており、今やお互いの協力なしには成り立たない。「気になるのは、プレーヤーの数が減ってきていること」。メーカーの撤退や合併で研究者の数が減れば新しい案も出にくくなる。

 喜々津氏は日本磁気学会の国際化理事も務めており、機会があれば積極的に学会や会合に出向き、ライバルのハードディスクメーカーの研究者とも将来について話し合う。「研究開発の段階では協力し合い、製品化の段階で競争し合う、という形になることが理想」と考える。

 先端技術の研究でも、SRCの運営でも、喜々津氏の行動に一貫しているのは、横のつながりを大切にすることだ。

 日本大学理工学部の非常勤講師として、研究人材の育成にもあたっている。さらに東芝では採用面接にも参加する立場になった。喜々津氏は「一つの知識を掘り下げる力に加え、知識の幅を広げる力が大切」と学生たちに説いている。


岡地 伸晃
日経パソコン
 日経WinPC、日経PCビギナーズの記者、副編集長を務めた。IT機器の最後の機械部品とも呼ばれる、磁気記録装置に関心を持つ。