「ほかの人がグラフをきれいに描いているのを見て、Excelで絵が描けそうだと思った」──。
そんな単純な発想から、堀内辰男氏はExcel画家になった。仕事ではExcelをあまり使っていなかったが、定年退職を目前に「新しいことがしたい」とパソコンを購入。2000年頃からExcelで絵を描き始めた。
2006年には、Officeの活用情報サイト「moug」が開催した「オートシェイプでお絵かきコンテスト」の絵画・人物画部門で大賞を受賞。以後、3年連続で入賞を果たす。
「オートシェイプ」を無数にちりばめ、彩色を施した堀内氏の作品は、Excelで描かれたとはにわかには信じられないほど、繊細かつ深みのあるものだ。近年は、在住する群馬県館林市の美術展への出品、大型絵本の制作など、まさに画家として活動の幅を広げている。
それにしても堀内氏はなぜ、Excelで絵を描くのか。
「専用のグラフィックスソフトは高価だが、Excelはパソコンにプリインストールされていた。そして、Windowsのペイントよりも高機能で使いやすい。初めはWordを試してみたが、Wordは最初に用紙サイズを決める必要があり、自由に描けなかった。一方、Excelは広いワークシートの中で好きなように描いた後、用紙に収まるように自動で縮小して印刷できる。Excelが備える多彩な作図機能を使えるようになった今、グラフィックスソフトなど要らないと思う。こんなに優れたソフトなのに、使いこなさないのはもったいない」
堀内氏はA3判対応のインクジェットプリンターを使い、自宅で作品を印刷する。A3判を超えるサイズの作品は、分割して印刷した後、用紙をのりで貼り合わせて1つの作品にする。「Excelとインクジェットプリンターという組み合わせなら、誰でも自宅で楽しめる」という点がポイントだという。
美術展に初めて出品した際は、物珍しさから注目を集めるも、反応はいまひとつだった。しかし、出品を重ねるにつれて、構図の良しあしや遠近感の有無など、絵そのものについて批評されるようになった。
「油絵や日本画を描く画家たちと肩を並べて勝負ができるようになった。すなわち仲間になれたということだ。最近は東山魁夷の絵などを見ながら、遠近感や透明感を出す技法に挑戦している」。
堀内氏にとって、Excelはもはや絵の具や筆と同じ道具なのである。
パソコンで絵を描くなら、PhotoshopやIllustratorを使えばいいじゃないか――。そんなふうに思うかもしれないが、堀内氏は、多くの人が持っているExcelというツールに意味を見いだした。
そこには「Excelでどこまでできるのか」を追求する職人魂もあるに違いない。Excelは表計算ソフトという固定観念にとらわれることなく、身近な道具として自在に使いこなす堀内氏の活動は、パソコンの便利さ、楽しさ、可能性を万人に示してくれる。それは、堀内氏の作品を見れば一目瞭然だ。
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